林檎に牙を:全5種類
強い陽射しを浴びて、新緑は匂い立つように濃くなっていく。
真昼の森は輝くばかりに生気が溢れる。
重たげに枝を揺らす青葉、大地に根付く草花も背を伸ばす。
人の手が入らずありのままで。

日に日に暑さを増していき季節は盛夏。
懐から取り出した鍵が太陽に鋭く光り、眩しさで顰め面。
看守の訪問も今日で二度目。


狭い窓に太陽が絞られた、冷たい白亜の牢獄。
夏だと云うのに塔の中は涼しく静まった空気で満ちている。

食料も傷みにくいので置いておくには都合が良かった。
毎回荷物を抱える必要も無く、一日に三度も往復するのでありがたい。
幾ら男のようでも腕力はそう強くないのだ。


「村が騒がしいわね。」

食事を運んで行っても、魔女はすぐに手を付けようとしなかった。
夏から切り取られた囚人は雪の肌。
色素の薄い髪を陽光に透かせ、何処か猫に似た瞳が振り返る。

背の高い塔からは此処ら一帯を見渡せた。
緑が群れ成す森の向こう、遠くには領主の立派な館も。
ただでさえ楽しみが少ないのだ。
窓から景色を眺めてばかりなので、目敏くなって当然。

魔女の言う通り、今日は村全体が俄かに活気付いていた。
普段が寂れているだけに変化は明らか。

立ち並ぶ屋台に黄色い歓声、村人達の浮かれ具合がよく判る。
既にアルコールを口にしている者も少なくないのだろう。
館は特に人々が集まっており、祝福の雰囲気すら。
祭りの時期にはまだ早いと云うのに。


「結婚式だ……、領主様の一人息子の。」

自分には関係無い、如何でも良い。
寧ろ、はしゃぐなど馬鹿馬鹿しいくらい。

騒ぎの理由を告げる看守だけは、そんな無感情に冷めた声。
暗い褐色の瞳も相変わらず。
彼女にとってはいつもの事なのに。

「あら、看守さんだけはめでたくなさそうね?」

何処か含みを持って魔女が投げた言葉は絡む。

いつぞや、桃の蜜を塗った華奢な指先を錯覚させる。
しなやかに纏わり付いてきて、固く閉ざされた物を開こうとする。
それは決して強引でなく。
非力の筈なのに、細やかな動きで解いてしまうような。


「……見透かしたつもりで物を言うな、不愉快だ。」
「ごめんなさい。」
「何だ、随分と簡単に謝るんだな……」
「看守さんにお願いがあって。」

呆気ない謝罪に拍子抜けすると、鉄格子の向こうで魔女は両手を合わせた。
機嫌を損ねられては都合が悪いと云う訳か。

それもそうだ、牢に居る限り二人の上下関係は絶対的なのだ。
こうしてまともな食事に有り付けるのは誰のお陰か。
生かすも殺すも看守次第。

「用件次第だな……、言ってみろ。」
「今夜ね、夕飯をご一緒してほしいなって。」

何を言い出すのだろうか。

どんな我が侭かと思えば、肝心の頼み事とは全くの予想外。
驚きこそ表情には出ずとも看守の眉根が動く。
「は?」の声を呑み込んで。
見破っているのか如何か、魔女は綺麗に微笑んだ。


「夕食の時は早々に立ち去れ、と言われている……領主様に。」
「いいえ、今日は大丈夫よ。」

はっきりと魔女が首を横に振るのは、何を根拠にか。
「今日は」とは如何云う意味だろう?
何故「大丈夫」なのか?

尽きない疑問は舌で転がすだけ、口の中。
開けば楽になれるし、魔女も答えをくれるかもしれない。
それでも看守は黙ったままだった。
吐き出せない所為で少し息苦しさを感じながら。


そうこうしている間にも、魔女の昼食は終わる。
ご馳走様、も丁寧に両手を合わせて。

扉の下にある穴を通り、空になった食器の盆が戻ってくる。
手早く提げると看守は階段へ踵を返した。
ああ、やっと此処から立ち去れる。
塔から出れば、引き結んだままの口も楽な呼吸になるだろう。

沈黙の中、ただ食事が済むのを待つには空気が重い。
気にするような神経など元から持ち合わせていない筈なのに。

「またね、看守さん……、待ってるから。」

鉄格子の向こう、魔女が小さく手を振った。
要求に応じてくれると期待してか。

頷いてもいなければ、断った覚えもまるで無く。
そもそも意図が解からない。
魔女に企みがあったとして何か損をするとも思えないが。
訊かない事を選んだのは、看守自身。


螺旋階段を下って、一歩ずつ近付く外界。
明り取りの窓から差し込む陽光は触れると痛むくらい。
けれど、数時間後に必ず暗闇へ消える物。

夕食を持っていかねばならないのは変わらない。
今夜の献立は頭を抱える事になりそうだ。


← BACK   NEXT →



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 百合小説へ
にほんブログ村


スポンサーサイト

2014.01.10