林檎に牙を:全5種類
階段の上り下りは、いつも夕食の盆とランタンを片手ずつに提げて。
夜の螺旋階段で灯りが無いのは命に関わる。
前に躓けば石段に顔を打ち付け、後ろに倒れれば奈落の底へ。
日暮れの遅い夏でも、闇が濃くなる塔では用心に越した事は無し。

「……こんばんは。」

階段の奥から大きくなってくる灯りで、看守の存在は丸分かり。
待っていたとばかりに魔女は再び手を振る。


要求が受け入れられる事を、知っていたのか。

二人分の食事を載せた盆は重く、支えるには両手が必要。
そうなればランタンを如何するか。
滑稽な姿ではあるが、取っ手を口に咥えるしかなかった。

「……重かった。」
「でしょうね、お疲れ様。」

自由になった口が始めに零したのは愚痴一つ。
取っ手が轡になってしまっていた為、だらしないが涎まで。
儚く紡がれる唾液の糸。
ランタンの光で金色に煌めき、後も残さず消える。

「キスみたいね。」
「……戯言を。」

不意に放られた呟きを看守はさらりと流した。
やはり帰ってしまおうか、そんな考えは微塵も無しに。
魔女のからかいには慣れ始めていた。
毎日顔を合わせての事なのだから、当然でもあるが。

囚人に他者と会話する機会は無い。
どんな形であれ喋っていたいだけなのだろう。


強過ぎる太陽が消えて、また少し温度の下がった塔の夜。
仄かな肌寒さで包まれる中で湯気が立ち昇る。
まだ熱い野菜スープを啜った魔女は、安堵すら混じっての破顔。

一瞥してから、背中合わせに座り込んだ扉の向こう。
看守もまた静かに食事を始めた。

メインディッシュは焼き色が香ばしい厚切りの肉。
今日は食材も良い物が出回り、他所の家庭でもご馳走が振舞われる。
魔女にも祝い事のお裾分け。
気前良く切り分けて、齧り付こうとした時。

薄闇の空を震わせる、鈍い爆音。


「ねぇ見てよ、花火。」

魔女の呼び声で食事中断。
突然響き渡った音に身構えたが、そう物騒な物じゃない。
今日の締め括りと云う訳か。
館の上空、打ち上がった大きな花火が舞い踊る。

月も星も霞ませて、次々に咲き誇る極彩色の光。
人々の目に焼き付いて花弁は散っていく。


ただ、此処から見るにはどうしても小さい。
館の方面へ向いている為、魔女の部屋にある窓からならよく見える。
看守が花火観賞するには鉄格子の扉が邪魔だった。

別に、良いか。

部屋へ入る術も無く、そもそも大して花火に興味も無い。
単に魔女の声に反応してしまっただけ。
だからすぐにまた座り込むつもり、だったのに。

「あーん。」

鉄格子の向こう、魔女が開口を促した。
フォークに刺さった肉の一切れ。

「……何の真似だ。」
「お肉食べるの邪魔しちゃったみたいだから、お詫び。」
「次は噛み付くと言った筈だが……」
「だから、どうぞ?」

小首を傾げて魔女が誘う。
そうでなくとも眼前で滴る肉汁は目の毒。

自棄気味に歯を立てたら、やはり獣のようだと笑われた。



その日、魔女の頼みを聞いてしまったのは何故だろうか。

絶対的な領主の言い付けより優先した事になるのに。
初めて逆らったのだ、例え他の誰にも知られないとしても。


しつこい暑さが衰えれば、やがては新緑の葉も赤に変わり始める。
枯れ木の森が雪で染まろうとも蕾は花開く日まで眠って。
こうして一つの四季が巡ろうとしていた。
塔に閉じ込められた魔女と、日に三度通う看守は変わらずに。

退屈な程に平和だったのはそれまで。
不穏は芽吹く時を待っていたのだ、確実な足取りで。


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2014.01.10