林檎に牙を:全5種類
校舎に鳴り響いた鐘が昼休みの始まりを告げる。
学生達は散々待ちかねて空きっ腹。
机に並んでいた冬服の重い黒が一斉に活動を始め、教室は解放の時間。

見上げた空は朝から少しも変わらず冷たい灰色。
雨も雪も降らないが、仄暗い何かが纏わり付いて背筋を撫でる。
そもそも学校とは昔から怪談の舞台になりやすい場所。
古い校舎の雰囲気と相まって、悪い事が起こりそうな予感すら。


つい妄想に浸る趣味はなかなか抜け出せない。

そんな事を考えてしまうのも、今朝から始めた読書の所為。
血の雨が降る中、傘を差す少女の描かれた表紙。
食欲が失せそうなものだが、菓子パンを齧る七海は開いた本から顔を上げず。

本日は言わずと知れたバレンタインデー。
が、元より今は彼女も居ない身なのであまり関係無し。
三度の飯よりも本を愛する七海にとっては違った。
好きなホラー作家の新刊発売日。

駅の売店で手に入れてから活字の世界へ意識半分。
小説は1ページに目を通す時間が長い分、漫画よりゆっくりと楽しめる。
甘いだけのパンより恐怖の方がよほど美味。


「矢田部、ちょっと良いか……そのままで構わんから。」
「あぁー?何よ番長?」

相棒の呼び声に、パンの欠片を呑み込んだ後で気の抜けた返事。
昼食を共にしていようと今の今まで会話は無し。
大抵、読書中の七海は他の事にいい加減。
別の誰かなら気を悪くするだろうが、マイペース同士は居心地が良い。

一足先に弁当を空にした烏丸も相当。
何しろ気味の悪い表紙を前にしても平然と、である。
神経の図太さは時に感心してしまう程。


さて、烏丸が呼び止めた用とは他でも無い。
弁当の包みを下げた後、机に置かれた"問題"へ視線を移す。

全てがくすんで見える今日と云う日に、桃色のインクが落ちた気がした。
薄くハート模様の散った包装紙に同系色のリボン。
綺麗にラッピングされた小さな箱。
若しかしなくとも十中八九、中身はチョコレート。

「誰に貰ったんよ……、それとも番長、俺の事好きなん?」
「いや前者。相手は全然知らん。」

冗談は呆気なく流され、烏丸の言う事は相変わらず読解困難。
口数が少ないのはいつもだが、お陰で情報も足りない。
詳しく、と仰ぐ七海はとうとう本に付箋を挟む。
どうやら活字を追うより面白そうだ。


中学から一緒の二人は同じ駅だが、乗る時間までは違う。
そう云う訳で登校の電車は別々。
烏丸の毎朝は大勢の人々が入り乱れてとても忙しい。

故に、例え同じ顔が揃ったとしても覚えちゃいない。
そんな中で彼女は現われた。

突然しっかりとコートを引かれた烏丸が訝しんで振り返れば、少女が一人。
此の辺りでは見覚えのないセーラー服。
失礼かもしれないが、実のところ面差しはあまり印象無し。
件の箱を握らせると一目散に逃げ去ってしまった。

それが今朝、駅のホームで起きた事件の全貌。


「人違いかと思ったんだが、俺の顔しっかり見て渡したしな……」
「そりゃ青春やねー。それで番長も思わず受け取ってしまった、と。」
「ああ、それがな……「いいから!」って押し切られた。」
「その子ハトよめなん?」
「少なくとも人間に見えたぞ……未婚の。」
「いや、元ネタ知らんならもう良いわ……、笑い所も解からんだろうし。」

烏丸も満更でもないのでは、と頭を掠めた。
知らない異性から突然の告白。
誰しも一度くらいは思春期に妄想する事だろうし。

冷やかすのは待って温くなった紅茶で喉を潤す。
思い返せば今まで七海の知る限り、烏丸に女の影は無かった。
何しろギターが恋人の音楽馬鹿だ。
こう云う形で大人になるのも有りかもしれない。

彼女が出来たとしても、相棒を取られて嫉妬なんて一切無し。
女同士じゃあるまいし。
かと云って、にやにや笑って祝福するのも悪趣味な気がする。


「まぁ、まずその子の事知っておかないと。手紙とか無ぇの?」
「箱だけみたいだな、若しくは中に入ってるのか……」

不器用でもないのに、包装紙に爪を立てようとした烏丸の手。
破かれる前に箱は七海が注意深く取り上げた。
ピンクの鮮やかさが目に痛い。
本来なら権利など無い筈だが、開封は立会人によって。


蓋を持ち上げた刹那、時間が数秒停止した錯覚。
凍った喉で息を呑むと箱を閉じた。


「おい、何だよ矢田部……」
「明日から違う時間の電車乗れ、何なら俺一緒に登校するから。」
「……何を見た?」
「これアカンやつや……燃やした髪とか入ってる類だ……」

自分では肝が据わっているつもりだったが、まさかの不意打ち。
鳥肌の理由をそう言い訳して、七海は頭を抱えた。
目を閉じても、今も衝撃は重く静かに。

網膜に強く焼き付いた、指紋だらけで崩れた中身。
とてもチョコレートなどと呼べない汚さ。

そもそも、お互いをほとんど知らない状況。
手作りの食べ物なんて危険すぎる。
悪気は無いかもしれないが、だとしたら却って質が悪い。


小さな事かもしれないが、体験した身に恐怖は大きく。

エンターテイメントでない怪談は後味が悪い。
思い切って呑み込んでも喉の奥に粘り付いて、なんて苦い。
甘かった筈のチョコレートの日に。

「なぁ、また来たらどうすれば良い?」
「忍者の子孫だから貰った食い物は受け取れません、とか言っとけ。」

溜息を吐いてから落とした視線。
先程まで七海が夢中で読んでいた本、表紙の少女と目が合った。
笑った気がした、なんて在り来たりな事は言わない。
寧ろ、今では可愛くすら見えた。



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


小説(BL) ブログランキングへ


スポンサーサイト

2014.02.08