林檎に牙を:全5種類
陽光の降り注ぐ季節が再び近付いてきた。
真昼は暖かさを増していき、塔の周囲は夏草が蔓延る頃。

腰を落として振り下ろす斧に、乾いた音で薪が二つに割れた。
きつく柄を握っても汗で滑りそうになる。
燃料が無ければ食事も作れず、風呂にも入れない。
労働は全て魔女の為だ。
じっとり濡れた額を拭うと、顰め面の看守は溜息。

仮にも魔女とされている塔の住人。
いつだったか「此れくらい魔法で何とか出来ないか」なんて口にしてみた。
無論、看守の方とて面倒から出た冗談だ。
そんな物があるなら逃げる事に使っている筈だ、とっくに。


此の世に魔法なんて存在しない。
だからこそ、美しい囚人は無力なままで牢の中。

「魔女」とはただの呼称、本当の名など知らないまま。



こうして薪のお陰で、今日も昼食の用意が整えられる。
皿が温かなうちに最上階まで運ばなくては。
塔の中は相変わらず静まった空気に満ち、薪割りの汗を消し去る。

気が遠くなりそうな螺旋階段。
既に慣れ切った足で上った先、看守は声を掛けようか迷った。

此処の窓は鉄格子が嵌まっていても大きめ。
木々よりも高い塔からの眺めは最高だが、今は何も見えなかった。
厚いカーテンに閉ざされて静まり返った薄闇。

それでも太陽が燦々と輝く時間。
しっかりと締め出したつもりであっても布の隙間から差し込む。
滲んだ強い光で、物の少ない部屋は大体が把握できる。
ベッドで丸まって寝息を立てる住人の姿も。

確かに、寝床で過ごすには丁度良い暗さ。
最近の魔女は昼夜問わず眠ってばかりだった。


決まった時間に必ず一日三回繰り返しの来訪。
しかし、こんな調子なので魔女と顔を合わせない日もあった。
起きていても夢と現を彷徨う重い瞼。
受け答えも鈍くなり、うにゃむにゃと言葉にならない時すらある。

何処か猫に似ていると思っていたが、此れでは本物の獣だ。
食べて、眠って、怠惰の塊。
人としての尊厳が日毎に失われていく気すら感じる。

それともラプンツェルから眠り姫になってしまったのか。
どちらにしろ、王子様が助けに来なければ状況は変わらないのに。


「飯だぞ。」
「……食欲無いわ。」

義務のつもりだった一声なのに。
気怠げで不明瞭な響きであっても返事は確かに届いた。
ベッドの上、気味悪い程の鈍さで身を起こす影。

正直なところ、期待していなかった分だけ驚かされてしまった。
けれど看守が無表情を取り戻すなど一瞬で充分。
尤も、此の暗さでそんな変化は些細な事。
何しろ、派手に肩が跳ねたって魔女には見えやしないのだ。


それにしても二日ぶりの会話が此れとは味気無い。
鉄格子付きの木戸の向こう、置きっ放しだった朝食のトレイ。
少なくなっているのはスープや果実くらい。
他の皿は手付かずのまま冷たくなり、腹が満たされたとは思えない。

生理的欲求が狂っているのは此の点も。
増えた睡眠時間に比例するように、食事の量が減っていた。

瞼が重くなってから、舌まで変わってしまったらしい。
揚げ物や肉など油っぽい品に吐き気を訴える。
メニューによっては匂いだけで嫌がり、作り直しをさせる始末。
あの時は流石に皿を投げそうになった。
眠っているなら大人しいかと思えば実に面倒。

キャベツのスープと云う好物があって良かった。
毎食添えているお陰で何とか生き長らえているようなものだ。
囚人を生かす事は看守の責任。
監視の役目も兼ねているので、勝手に死なれても困る。


食事を作って運ぶ日々に慣れ過ぎてしまった。
休み無しに「看守」として務めてからもうすぐ一年間になる頃。
塔に通う以前の生活が段々と遠くなり、薄れ始めていた。

此の一年に大した刺激があった訳でもない。
ただ、看守になる前の事なんて思い出すだけで退屈過ぎて。
どうせ中身など無かったのだ。
だからこそ非日常の絡んだ魔女と過ごす「今」に塗り替えられる。


それだって、いつか終わってしまうもの。
魔女の変化はそんな前触れにすら感じられて仄暗い陰を差す。

太陽も月も姿を現さない部屋に色は無い。
鉄格子越しの青い目を見なくなってから、何日経つのか。
以前のように飄々とした軽口が少しだけ懐かしい。

そろそろ医者を連れてくるべきだろうか。
思う事は簡単だが、実行に移すまでが結構な問題だった。
木戸を開く必要があっても、領主が許可しなければ鍵は貰えない。
まず一介の領民が彼に会う事すら難しいのに。

それに村から恐れられる魔女が診てもらえるかどうか。
看守が一人で対処しようにも、病かそうでないのすら解からないのだ。
内心、途方に暮れていたところ。


「何か……、他に食べたい物は無いのか?」

無愛想な看守にしては優しい言葉。
対する魔女の欲求は。

「……桃。」

訊ねたのは確かに此方からだが、こう来るとは。
ああ、そう云えばいつぞや美味そうに齧り付いていたと思い出す。
薄闇の記憶は香りまでも鮮明に。

しかし、応えるのはなかなかの難題。
何しろ此の地方で桃が出回るのはまだまだ先の話。


「桃だと……?まだ時季じゃないだろう?」
「そうよね……」
「そんな暗い声出すな。」
「良いのよ、私なんか……春を越えずに桃も食べられず衰弱していくのよ。」

冗談にしては悪質だが、あながち馬鹿馬鹿しいとも言い切れず。
此の状態が続くならば現実味を帯びてくるのだ。

止めろとばかりに睨もうとしても無駄。
再び魔女はベッドに潜り込み、眠りの世界へ沈もうとする。
看守一人を置き去りにしたままで。


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2014.03.07