林檎に牙を:全5種類
緩く泡立てたクリームがゆっくりと流線型を描いていく。
丸いケーキの上へ落ちれば、狐色に焼けた肌は白いドレスを纏う。
アクセサリーには瑞々しく尖った苺。
ルビーを思わせる程の艶めきが何より甘さの証。

味が良ければ一番なんて綺麗事。
お菓子は舌だけでなく目でも愉しむ物。

震えそうな指先で摘んだ、最後の苺一粒。
立ち位置を決めるまでは緊張で呼吸すら侭ならず。
仕上げの大役を果たし終えて、ましろは安堵の溜息を零した。

赤と白を華やかに着飾って、すまし顔。
春を祝う苺のショートケーキ。



凍て付いていた冬を溶かす陽光に、草木も人々も表情が和らぐ頃。
桜咲く4月は何処も「おめでとう」の声で溢れている。
製菓専門学校でも職人の卵達が生まれ立て。
作って、食べて、いつか殻を破る為。

洋菓子、和菓子、パン、志す道は三つ。
どれを選んだとしても全て学ぶので、最初の一年は皆同じ。
新品のコックコートに袖を通す日を迎えた。
初めての実習は誰もが馴染み深い、苺ショート。


洋菓子ではスポンジケーキ作りもデコレーションも基礎中の基礎。
ショートケーキは「短時間で出来る」が名前の由来。

とは云え、初心者からすれば充分すぎる高さのハードルである。
普段ならケーキ屋のガラスケースでしか見られない代物。
初めてでも簡単、なんて無茶な話だ。

オーブンが鳴った頃から甘い匂いが立ち込める実習室。
四苦八苦で大騒ぎの作業を経て、各々の調理台では苺ショートが完成する。
何処の班も最初はこんな物なのだろう。
泡立て過ぎたクリームで強張っていたり、苺の等間隔が歪だったり。

それでも、なかなか小奇麗な出来の物もあった。
崩れかけすら並ぶ中、大皿の上で胸を張るように誇らしげ。

製菓関係の家業を継ぐ為に入学する者も中には居るのだ。
昔から手伝いで慣れていた、ましろのお陰。
班員達から仕上げ役を任される事になった最大の理由。
期待されている分、責任の重さで冷や汗を掻いてしまったものの。


「皆ってさ、苺いつ食べる?」

完成品を味わうまでが実習。
切り分けたケーキをフォークで突付いている時だった。

製菓学校の講師は男性ばかり。
今だって、オーブンの前に立つのは老年のベテランと体格の良い助手。
しかし昔より男子が減少気味の為、女子だけの班も有り得る。
同性の方が打ち解けやすい。
こんな話題でも議論開始となれば盛り上がる。

「最初に片付けちゃうな、どうせ後々で邪魔になってくるし。」
「いやー、特には気にしないで食べちゃうかな?」
「ケーキ食べてる合間に少しずつ大事に齧る。」

苺の食べ時はショートケーキに付き纏う永遠のテーマ。
投げ掛けられた質問一つに、回答はそれぞれ。


「やっぱりさ、最後でしょ。」

頬張ったケーキで口が塞がっていたので、乗り遅れるところだった。
ましろが答えるよりも先に飛び出す同意見。
隣の席でフォークを回して遊んでいた、紅緒の声。

ふんわりした癖っ毛で雰囲気の柔らかなましろと対象的。
ついこないだまで制服を着ていた少女でも甘いだけじゃない。
生硬さを感じる細身に、目許の凛々しい顔立ち。
セミロングの黒髪が綺麗な子だが、ショートなら男の子にも巧く化けるだろう。


「あ、分かる、わたしもだから。」

やっとケーキの塊を呑み込んで、ましろが頷く。
同士が欲しかったのはどうやら紅緒の方も同じらしい。
嬉しそうに少しだけ口許を解いた。

「漫画とかの話だけど「要らないかと思って」て苺奪われるの、どう思う?」

かと思えば、すぐさま二つ目の質問へ移る。
何故だか妙に引き締まった真顔で。
他の皆は再びケーキに夢中、今度はましろに対してだけ。

「苺が嫌なら最初からショートケーキなんか食べないでしょ。」
「そうだよね……、大事なことだから取っておきたいのにさ……」
「紅ちゃん、何かあった……?」
「いやー、ちょっと、彼氏と別れてきたばっかなもんで。」

恨みがましい物言いは、例えるならどろっと崩れたクリーム。
恐る恐るましろがフォークの先で探ってみると。
そこに隠れていた物は、吃驚してしまいそうな予想外。


「最初のデートでホテル拒否したら、他の女に横取りされてね。
 "紅緒はそーゆー事したくないのかと思って"だとさ。」

苺から別れ話に転じた理由とは以上の通り。

「……ひどいね、色々!」
「本っ当、包丁持ってたら刺してたわマジで。」

勢い良く振り下ろされたフォーク。
紅緒がケーキの欠片ごと苺を貫き、最後の一口は豪快に。

傷付くよりも先に怒りが回っているようだ。
けれど、ましろの知らぬ間に泣いたかもしれない。
少なくとも今、紅緒が涙を見せていない事には安堵した。
寧ろ渇いた目付きで虚空を睨むくらい。


「紅ちゃん、わたしの分も苺食べる?」
「……良いのなら、貰おうかな。」

唇のクリームを舌で拭って紅緒が頷く。
遠慮はしない、それで良い。
同情にしては小さな慰めだが、僅かでも機嫌が直るなら。

「あーん。」

深々とフォークの先で捕らえた苺。
眼前へ差し出されるまま紅緒が齧り付いた、とても素直に。

もしましろが男の子なら躊躇っただろうか、真っ赤に染まって。
前の彼氏とやらですら目にする事の無かった顔。
知りたいような、惜しいような。
苺にも似た酸味はましろの胸の中にも。


*end



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 百合小説へ
にほんブログ村


スポンサーサイト

2014.04.01