林檎に牙を:全5種類
空を渡る薄い雲はレースカーテン代わり。
眩しかった陽光を和らげて、生命溢れる森も表情を変える。

材料の袋を置いて身軽になった、塔からの帰り道。
ブーツで夏草を踏み締めながら見上げれば、青々と繁る無数の葉。
零れる光が目に刺さりそうで直視出来なかったのに。
ほとんど睨む形になった褐色の瞳。

初夏を告げる花も最近になって開き始めていた。
此処に訪れる冬は足を緩めて長く留まる。
割と涼しい地方だがやっと暖かくなった、他所では既に散った頃なのだ。


歩くには少々苦になる距離だが、一日三度も通えば嫌でも慣れる。
森を抜けたら村の裏通りへ。
古くても小奇麗に保たれて、身を寄せ合う長屋が建ち並ぶ。

此処の住人は未亡人や私生児を抱える母親、頼る者の居ない女達。


針仕事や洗濯屋を請け負ったり、共同で畑を耕したりの生活。
歳月の流れで顔触れが変ろうと女達は一定数。
住人は常に増減しようとも、決して少なくないのだ。

長屋には何処か修道院めいた雰囲気すら感じさせた。
事情があるなど、それぞれ皆同じ。

例えば物語のように、此処へ怪我をした青年が運び込まれたとしよう。
手厚く看護してくれたとしても欲を出してはいけない。
ハーレムを愉しもうなどと可笑しな真似をすれば、毒を盛られて終わり。
住人達で遺体の袋を縫って、人知れず森に埋められるだろう。

女とは可愛い魔物、飽くまでも例えばの話である。
事実だったとしても証拠など無いのだから。


長屋の一つ、扉の前に影が伸びた。
手元で涼やかに鳴った鍵で開かれれば、氷の表情も微かに解ける。
「看守」と呼ばれていた女の棲家もまた此処。
生まれ育った場所の匂いに包まれて、零れる溜息は安堵。

魔物になれなかった女も居る。
ただ独りきりで彼女を産んだ母親は数年前に亡くなった。
本妻との家庭がある父親を恨みもせず、妾のまま。

短い髪を保って男の格好をしている理由は境遇にあった。
中性的で細身だが、紅を差してドレスで着飾れば美しく化けるだろうに。
性別に嫌悪感を抱きながら育ってきた結果。
女に生まれた時点で不利としか考えられなかったのだ。


長屋の女達は皆が育ての母。
共同生活は食うに困らないが、無理にでも仕事が欲しかった。
弱者のままで居たくなくて。

看守の任務を命じられた時は決して乗り気でなかった。
けれど、承諾した本音の半分は意地。
村が忌み嫌う塔も恐れない度胸を認めて欲しかったのかもしれない。
誰に、と問われれば口を閉じざるを得ないが。

そして、現に怖くなどなかった。
あの魔女は一体どんな罪を犯して閉じ込められたのか。

大量虐殺だったとしても、だから何だとすら口に出来る。
魔女が存在する限り世話をする事に変わりない。
鉄格子越しの看守には関係が無い話。
無力な姿しか知らないからこそ言えるのだ、なんて声は煩わしいだけ。




「……メイズ。」

まだ空は明るくとも少しだけ陽が傾いて、影が伸びる頃。
静寂を保っていた空間に音が落ちた。

呼び掛けに褐色の瞳が振り向く。
不意に肩を叩いた声は、部屋に佇む彼女を形作る物。
「看守」の記号から本当の名前に戻る。


メイズが膝を着くのは、声の主に目線を合わせる為。
玄関先に黒い癖っ毛の少女が一人。
年頃は10歳にも満たず、前髪が少し短い所為か幼く見えた。
大きめの垂れ目にぽってりした唇。
ぼんやりしている顔付きのまま見上げてくる。

メイズと同じような境遇で育った子供は此処にも一人。
ただし生母とその恋人の女性に育てられて、注がれる愛は充分に。
そんな奇妙な家族を持つ少女の名は、メグーナと云った。

生まれる前から知っている隣同士の付き合い。
世話をする事もよくあったので、懐かれて今に至る。


「何だ、どうした?」

頭を撫でて訊ねると、くすぐったそうにメグーナが目を細める。
愛でられて安堵する猫の表情。
よく見れば、その横には大きなバスケット。
子供が携えるには重く、床に置いたまま探った中身を掬う。

籠を作る小さな両手一杯の真紅。
差し出されたのは、艶々した粒揃いのサクランボ。

「沢山買ったからママがお裾分けにって。」
「ああ、市場に商人が来てるのか……ありがとう。」

だいぶ暖かくなってきたと云えど、此処は夏の訪れが一足遅い。
南西部へ馬を飛ばせば果実の名産地。
今の時期、格別に甘い物は商人が運んでくる物だった。
市場に響く売り声も風物詩。

そうか、例年より少し早いので油断していた。
だったら並んでいるのはサクランボだけではないだろう。


「……出掛けて来る。」

メグーナに短く告げると、甘酸っぱい真紅を一つ齧った。
今から市場まで遠出する為の活力。
魔女が望んだ桃もあるだろう。
全く世話が焼けるが、此れも仕事だと溜息で受け入れた。

長屋から市場までの距離は決して近くなかった。
馬を使う必要があるし、早く行かなければ終わってしまう。
帰りはきっと夜遅くになる。

魔女の夕飯時も過ぎてしまうが、大して心配は要らなかった。
食事用の穴に鍋ごとスープを置いてきて良かった。
いつ食べるか分からないので、念の為にと。
冷めていても飢える事はないだろう。


「遠くへ行ってしまうの?」

戸口に鍵を締めて、隣までメグーナを送った時の事。
メイズに投げ掛けられた一声。
刺さるような錯覚は後から思えば予感だったのだろう。
詰まる喉では「すぐに帰る」と答えられぬまま、背中を向けて歩き出した。


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2014.04.07