林檎に牙を:全5種類
陽射しの強まる昼と一転、夜の冷気が絶え間なく肌を刺す。
薄っぺらな上着でもフードがあるだけ助かった。
布越しに耳を澄ませば、静寂を渡る風と遠くで獣の鳴き声。
漆黒の深まった森は恐ろしい表情に変わる。

覚悟していたが、村へ戻って来れたのは夜更けになってしまった。
手に入れた桃をバスケット一杯に。
煌々と冴えた月明かりの下、メイズの影が伸びる。

痩せた木々は腕を広げた亡霊の錯覚を起こす。
宵の口ですら何処か不気味になるのに、もう今は日付が変わる頃。
薄ら寒い雰囲気の森をメイズは進む。
ブーツの足には恐れなどあらず、いつも通りに。


片手にバスケットを引っ提げて、病気の魔女へお見舞いに。
フードまで被っているのだからまるで赤頭巾。
もう少女と云う年齢ではないし、可愛げも無いものの。

何しろ、狼が出たって無抵抗で喰われるような女でないのだ。
其の場で仕留めてやれる腕がメイズにはある。
薪割りを兼ねた斧は長年使い慣れた代物。
人の手が入っていない森を歩くのだから、得物を肌身離さないのは当然。

刃は鋭さよりも重みで叩き斬る類。
改めて意識すると確かな質量があっても、手に馴染み切った感覚。
普段からこんな物を持ち歩いていれば筋力も付く。


高く昇った月を刺し貫く、尖った塔の天辺。
濃密な闇を裂いて佇む姿は何処か気高さすら感じられる。
目的地が見えてきた事で小さく安堵の溜息。
別に夜の森など怖くないが、誰だって好き好んで長居したくない。

それでも来てしまったのは何故か。
遠出で随分と遅くなってしまったし、桃を届けるなら翌朝でも良いのに。
第一、こんな時間に訪ねるのは領主の言い付けに違反している。

ただ、弱っていく魔女を放っては眠れない気がして。
今も牢獄の中で飢えている筈。
すぐにでも持っていかないと症状が悪化してしまうかもしれない。
行動せずに後悔するのは御免被る。


目と鼻の先まで近付いて木々が開けたと同時。
ふと、メイズの足が止まる。
反射的に身を潜めると、人知れず訝しむ表情になった。

塔の前にはランタンが灯っており、誰か居るのだ。


此の状況で闇は味方、あちらにメイズの存在など判らないだろう。
気配を殺せば樹木の陰に溶け込む。
フードで頭まで覆われているので隠れるのは容易い。
不自然な来訪者に向けて、研ぎ澄ませた神経で目を凝らした。

猟銃を手にした人影が二、三と、足として使われてきた馬も。
興味本位や度胸試しで塔へ近付いた狩人だろうか。
頭身と体格から察するに全員が男だろう。
噂の魔女を一目、とでも思っているならお生憎様。
入り口は鍵で閉ざされており、行き来出来るのは看守のメイズだけ。

やがて、また一人の男が増える。
其れはメイズにとって驚くべき事だった。

彼は塔から出て来たのだ。


そうして一行は立ち去り、蹄の音すらも消えていく。
それでもメイズは其の場から動けずに居た。
見てはいけないものを目にしてしまったのではないだろうか。

呆気に取られているばかりだったが、いつまでもそうして居られない。
息苦しい程の緊張感が解け始めれば疑問で頭が膨れる。

塔から出てきた男は誰なのか。
そうなれば思い当たる者は、もう一人。
入り口の鍵を持っているのはメイズだけでないのだ。


他ならぬ、魔女を此処に閉じ込めた領主だ。
彼ならば牢獄の鍵も所有している筈。

こんな夜中、魔女に訪問するとしたら?
否、男が若い女の所へ忍んで行くとしたら……
もう答えは出ている。


おぞましさに血の気が引いて全身が冷たくなる感覚。
強烈な眩暈が襲い掛かり、思わず樹に凭れる。
考えなければ良かったと悔いた。
訳が分からず首を傾げていれば、平穏なままいられたのに。

やはり深夜に来るべきではなかったのだろうか。
視線を落とせば、桃を詰めたバスケット。

もう今夜はメイズも引き返した方が良いのかもしれない。
何も見なかった、知らなかった振りをして。
まだ今なら飽くまで"可能性"でしかない、そのうちに。
朝を待って、あれは妙な夢だったと思い込んで。


けれど、きっとそれは却って胸に重苦しさを残す。
そんな細い神経などしていない筈なのに。

「…………ッ……」

困惑から動揺を経て、次に湧き上がったのは苛立ち。
如何して無関係の自分がこんな思いをしなくてはならないのか。

いっそ確かめてみれば良い。

頭を振って無理にでも奮い立たせ、樹から離れる。
小さく震えたって肌寒さの所為。
入り口の鍵を探って塔へと歩き出した。
疑惑は疑惑であって欲しい、そんな気持ちも抱えながら。




果たして、想像は真実としてメイズの眼前に曝け出される。
目隠しして逃げる術を振り払った結果。

「……いつかは、バレると思っていたわ。」

足に慣れていた筈の長い階段は永遠に続くような息苦しさ。
其の先で待っていた魔女が、諦めの言葉を吐いた。
青い瞳に涙はあらず寧ろ乾いた視線で。

ランタンの小さな火が漆黒に沈んでいた空間を浮かび上がらせる。
一片の容赦も無く照らし出す、酷い有様。

ベッドの上、まるで玩具を乱暴に投げ捨てたような裸身。
夏ですら黒衣で隠されていた肌には情交の痕。
決して愛でられた後ではない。
此処で行われたのは、一方的な暴虐だ。


魔女の全ては看守に委ねられた任務。
そう思っていた自分だけが蚊帳の外だったなんて。

しかし今から思えば、全て合点が行く話だ。

夜更けに訪問してはいけないこと。
前の看守が居なくなったこと。
魔女が体調不良を起こしていたことも。


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2014.05.15