林檎に牙を:全5種類
「ブレンド二つ、と……ホットケーキ一つお願いします。」
「あ、待った、それも二つ。」


喫茶店で注文を頼んでいる時の事だった。

いつもなら伝票を書く側の遼二も、今は席に着いて拓真の向かい。
コーヒーの匂いに誘われて休憩で寄っただけ。
メニューを見ていた時には飲み物しか聞いていなかった筈なのだが。
思わず此方も追加してしまったのは、釣られたと云うか。


「コーヒーだけ、じゃなかったのか?」
「急にお腹が空きまして。」

店員が去った後、弁解は飽くまで乾いてさらりと。
かと云って、断りもせず一人だけ甘い物を食べるのは如何なのか。
遼二が恋人に対して気遣いしないのは相変わらず。
些細な事、いつもの事。

他人なら思い遣れるのに、自分にだけ優しくないのは釈然としない。
けれど、此れが甘える形でもあるのも解かっている。
そんな奴に惚れてしまったのでは何処までも付き合うしかあるまい。

「はーぁ……」

密かに吐いた溜息は、歩き通しで疲れた所為にして。
どうせ遼二には届かないのだ。
「幸せが逃げて行く」とでも言われたら、その方が腹立たしい。

当然、あちらは拓真の思惑など知らず。
眠そうな目で眼鏡を外すと、両腕を枕にして居眠りの体勢。
授業でも見慣れた姿に思わず苦笑してしまった。
好き勝手なマイペースも、此処まで来ると気が抜けてしまう。

ホットケーキが焼けるまで15分程度。
長い待ち時間だって眠っていれば短いくらい。

遼二はあまり人目を気にしない方らしい。
一回り年上の恋人と外出する時だって堂々と、何も臆さずに。
性別以外が違いすぎて萎縮気味なのは拓真の方。
尤も、他者は誰でも自分の事で精一杯なので見てないだろうけど。


休日の午後は麗らかに過ぎていく。
強すぎるくらいだった陽射しも、薄い雲で程好く柔らかに。
行き交う車だって、飽くまで遠い外界の話。
国道から一歩奥まった古い喫茶店は静謐を保っている。

忙しなさから切り取られた錯覚を起こす空間。
コーヒーを愉しむ客は行儀良く、ドアベルすら心地良い清涼感。
遼二でなくても眠くなるだろう。

二人にとって馴染みの店と云えば「Miss.Mary」だが、こうも静かではない。
駅ビルで一日中繰り返されるオルゴール調のBGM達。
右から左へ流していれば良いが、一度意識すると耳が落ち着かない。
12月などクリスマスソングで気が狂いそうになったものだ。


それでも時間は止まってなどいない。
拓真まで欠伸していたら、トレイを掲げた店員が見えた。
お待ちかねのコーヒーとホットケーキ。

眠り人を気遣って、カップも皿も到着は静かに。
しかし遼二だって流石にいつまでも夢の中に居られない。
テーブル一杯の甘い匂いが覚醒を促す。
睫毛が震えたかと思うと、気怠げに上体を起こし始めた。

「……おはようさん。」
「召使いが朝食持って来てくれた気分です。」

此の場合、若しかして召使いとは拓真の事じゃないだろうか。
ちらりと気になったものの口に出さないでおいた。
それよりも、焼き立てのお菓子は否応無く目や鼻を奪う。


皿に重なる、見事な狐色の焼き色をした真ん丸。
熱々で香ばしい満月が二枚ずつ。
小さなガラスに溜まった琥珀色の蜂蜜、四角に切られたバターを添えて。
決して華やかな外見でないが懐かしさを呼んで、唾液が溢れる。

早速食べようとしたら、何故か遼二から無言で「待った」が掛かる。
遣りたいように遣らせてみたら面白い試み。
二人分を合わせ、計四枚重ねて立派なホットケーキの塔を造った。
高く積んだ姿は確かに憧れか。
そんな児戯で、妙に満足げにしていたのが可笑しかった。

そうして、此処で初めて握られたナイフの出番。
容赦無く突き刺された切っ先。
四段になった半月を皿に分けられ、やっとフォークのお許しが出た。


あまりにも滑らかな蜂蜜は何処か不自然。
重い瓶詰めを引っ繰り返した時によくある、這うような濃度ではない。
きっと何割かガムシロで伸ばしてあるのだろう。
固まるのを防ぐ為なのやら、高価なので薄めて誤魔化す為なのやら。

ゆっくりとホットケーキの上に流れる琥珀の蜜。
バターを落とせば、まだ冷たいままなので形は崩れない。
熱に面した所だけ油分が染み出す。

しっかり焼けた狐色はぱりっとした質感。
フォークで罅割れても、先端を進めていくと柔らかい。
此の一口目が格別な美味。
甘い蜜とバターの塩気がじわりと舌に広がる。


「何か流行ってるよなぁ、ホットケーキ。」
「最近になって注目され始めましたけど、今更って感じですね。」

甘い物もメディアの主役になる事が多々あるもの。
拓真も菓子職人の端くれ、遼二は卵。
常にアンテナを張っている訳でもないが、情報は自然と飛び込む。

それにしても、ホットケーキは注目を浴びるほどの存在だろうか。
拓真からすれば「家で食べる物」の印象が強いので首を傾げるばかり。
ミックス粉を使えば子供だって焼けるのに。
喫茶店でならそれはそれで味わいもあるのだろうけど。

一方の遼二は物申したい事なら山ほどあるらしい。
話題になった途端、目の色を変えて。

「知ってるお店では此処が一番美味しいですね、ベーシックで。」
「専門店なら、ショッピングモールのフードコートにも無かったか?」
「残念ながらフレンチトースト風にレシピ変わってしまって……」
「じゃ、駅の東口にある……」
「ファミレスでしょ、あの店舗は何度行っても生っぽくて駄目です。」
「こんだけで分かるって凄いな、お前……早押しクイズかよ。」


付き合ってから短くないが、こんな遼二は初めて知った。
何だか感心したような呆れたような。
そこまで好きなら今度は朝食にでも作ってやろうと思う。
次の週末、寝床を共にした後で。

しかし遼二の事だ、甘い朝なんて期待できない。
すぐに苦い想像で掻き消される。

寝起きが悪いので、放っておくと昼近くまで布団を被ったまま。
寒い時季なら拓真を抱き枕代わりにして離さず。
こうなると身動き取れなくなってしまうので困りもの。
無理に起こしても、眉間の皺は消えず不機嫌続きと決まっている。

「はーぁ……」
「溜息二度目ですね、幸せ逃げますよ?」

迂闊に零れてしまったところ、すぐさま遼二から例の一言。
狙いを定めて、非常に正確に。
こうなると苛立ちなんて通り越して動揺してしまった。

ああ、それに、やはり先程のも気付いていたのか。

「……なんて言われたらウザいでしょ、だから溜息禁止。」

そうして、飽くまで涼しく遼二が締め括る。
ホットケーキを頬張る表情は丸っきり子供のくせに。



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2014.05.23