林檎に牙を:全5種類
唸るミキサーに、ぶつかり合う器具、生徒達のお喋り。
お菓子を作るたびに大騒ぎの実習室も昼時になれば随分と静まり返る。
甘い匂いだけを残してパティシエの卵達は教室へ。
先程まで此処に溢れていた声は、今や遠く。

もう皆が昼食の時間でも、まだコックコートの人影が一つ。
空きっ腹を抱えてやっと最後のチェックを終えた拓真。

実習室の責任者は昼食が遅い。
椅子に腰を落ち着けたと同時、思わず長い溜息まで。
兎も角、ケーキ以外の物を口にしたかった。
実習で一切れ食べたものの、バターやクリームたっぷりで舌が甘ったるい。


教卓から向って一番前の左にある調理台、窓際の席。
下の戸棚を開ければ確かにあった。
冷たく暗い空間、ボウルの陰になった所にランチバッグ。

月曜日の午前中は、製菓コース1-Bの洋菓子実習。
此の席に着いていた遼二が置いていった物。

最近、何の気まぐれか月曜だけなら弁当を作ってくれるようになった。


事の起こりは一ヶ月ほど前になるだろうか。
週末に泊まっていった後、いつの間にかランチバッグ一式が消えていたのだ。
それなら最初から言ってくれたら良いのに。
何処に置き忘れたかと拓真が焦って探し回ったのは骨折り損。
「預かっている」のメールが届いたのは、台所を引っ繰り返してからだった。

嬉しくないと云えば嘘になるが、妙に身構えてしまったのも正直な話。

調理と製菓は同じようで全く違う世界。
ケーキを焼いたりホイップクリームを絞るのは得意でも、それとこれとは別。
アパートで遼二は客の立場なのであまり台所に立たなかった。
なので、食事を作ってくれたのは初めて。

果たしてどんな物が詰められているのやら。
決して口に出さないまま心配していたが、幸いにも杞憂で済んだ。

肉や野菜を煮込んで、弁当箱いっぱいのご飯に載せる丼もの。
毎回具材は違えども決まって此の手である。
どうやら得意らしく、応用も効くし確かにどれも美味かった。
持った時の質感もずしりと重い。


細身でさらりと涼しい印象の遼二からすれば、意外と豪快。
イメージだけで物を言うなら三菜バランス良くを拘りそうなものだが。
外見だけで判断してはいけない、とは痛いほど拓真が学んだ言葉。

何も弁当に関しての話ではないのだ。
人当たりは柔らかでも、本性は棘だらけだったり。
真面目そうでも、座学中は居眠りばかりで試験が平均点以下だったり。
誰の事かなんて言うまでもなし。


さて置き、実習室は弁当を広げる場所として打って付け。
お茶は沸かせば飲み放題、調理器具なら一式揃っているので電子レンジもある。
どうせなら温めてから食べたい。

その前にラップで包もうとして蓋を開けると、妙に甘い匂い。
弁当箱の中身は、醤油色に煮詰まった牛肉と玉葱。

「勘弁してくれよ……」

牛丼を前にした拓真の表情が固まった。
別に嫌いではないが、こってりしたケーキの後には重すぎる。
ただでさえ実習の後なのでカロリー摂取オーバーになると云うのに。
肉に飢えている時なら嬉しかっただろうけど。

失礼な事を考えていた罰かもしれない。
戦いにも似た覚悟を決めて、武器代わりの箸を片手に握った。




「実習あるの分かってて牛丼って、どうなんだ……」
「どうしても食べたかったので、僕が。」

あれから数日経って、拓真のアパートでの会話が此方。
二人きりの時なら本音を隠す必要なし。
月曜日の事を思い出すと、また胃袋がもたれる錯覚。
作ってもらっておいて弁当の文句なんて云うつもりはないけれど。

過ぎた事でも、頑張って完食した拓真は自分に拍手を送ってあげたい気分。
体格は良くても腹に収まる量はそれほど多い訳じゃない。
減量時代が長かった所為か、八分目までで無意識に自制が掛かってしまう。

寧ろ、遼二の方が意外なくらい食欲旺盛。
余分な肉など無い細身のくせに、何処へ入っていくのやら。


「ボクサー辞めたんですから、もう食事制限の必要無いんでしょう?」
「いや、でも考え無しに食ってたら腹が出るだろ。」
「別に良いじゃないですか、たぬきになっちゃえば。」
「お前な、せめて目ぇ見て言えよ……」

此方に顔を向けても、立ち上る湯気で眼鏡を曇らせたまま。
まともに会話する気がないなど丸分かり。
ほんの三歩の距離、台所の遼二は拓真に構うのも片手間。

手料理なら何も弁当に限定する必要はない。
そう云う訳で本日、土曜の昼食は遼二が請け負っている。


出汁に醤油、みりん、砂糖をスプーン一杯ずつ。
ざく切りの白菜と人参、手で裂いた舞茸とエノキ、油揚げは切らずにそのまま。
纏めて煮込んでご飯に載せれば、きつね丼。

本来は細切りの油揚げを長葱と卵でとじるので別物かもしれないが。
遼二のレシピは具材も多いし、一枚そのままなのでボリュームも割り増し。
肉や魚を使わず野菜たっぷりのヘルシー志向。
味噌汁まで付けば、すっかり満腹。

そう云えば、初めて作ってくれた弁当も此れだった。

学校で会えても、立場が違えば共に過ごす時間は限られたもの。
それでも同じ物を食べていれば繋がっている実感。
一緒に丼を囲む"今"を切り取って、あの小さな箱に詰めたような。


「明後日のお弁当、何か食べたい物ありますか?」
「じゃ、オムライス。」
「親子丼でも良いですかね、あれって作るの面倒なんで。」
「……予想はしてた。」



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2014.06.21