林檎に牙を:全5種類
学校指定のスクールバッグは機能性重視、素っ気もなく退屈な紺色。
日々の扱いも乱雑になりがちなので細かに擦り傷も。
ただし中身となれば人それぞれ。
上蓋を開ければ、教科書やノートの他に詰め込まれているのは個性。


中でも和磨の場合は際立っているだろう、と進之介は思う。
携帯、財布、家の鍵は勿論肌身離さずに。
ウェットティッシュ、ハンドタオル、飴玉はフルーツとミントを二種類ずつ。
かさばらない携帯コミックもDLしているくせに漫画の本も必ず一冊。
爪切りやリップクリーム、手鏡などの身嗜み用品まで。

用途によりそれぞれ分類されて、色や大きさの違うポーチが二つ三つ。
パステルグリーンに白いドット柄だったり。
やはり例の桃色ウサギがワンポイントで刺繍されていたり。

「装備アイテム多すぎだろ。なぁ、本当にいつも必要なんかソレ?」
「え、他にもまだ色々と入ってるけど?」

放課後の教室、帰り支度を始める和磨の背中に問えば返答が此方。
首を傾げられてしまうと進之介も次の言葉が迷子。
使っているのは同じ鞄でも、別世界を持ち歩いているらしい。


「やっぱ変な奴だなお前、ポーチの所為で性別からカオスに……」
「どうせ持つなら可愛いのが良いし。それに女子力高いって意味なら昕守君もでしょ。」

とうとう和磨が身体ごと向き直り、此方を指しながら付け足す。
実のところ少し変わった物なら進之介も持っていた。
鞄の奥底に紛れてしまう小振りのケース。
女子ですら今時あまり携帯してないだろう、ソーイングセットなんて。

趣味に挙げるほど裁縫が好きなんて言うつもりはなかった、別に。
ただでさえ制服はボタンが多く、紛失したままにしては妙に落ち着かない。
すぐ修正する為の道具を手元に置いておきたいだけ。

市販の服はボタンが取れやすいのだ。
何処かに引っ掛けたり、ふとした時に糸が切れたり。
粗末に扱っているつもりがなくても男子中学生は力加減が苦手。
つい勢い余って、なんてよくある出来事。


「つーか……上開けっ放しと思ったら、和磨もボタン取れてんのな。」
「分かってないね、こーゆーのはセクシーって言うんだよ。」

現に、此処にもまた例外でない男子が一人。

苦しいからとシャツの首を緩める生徒は多いが、和磨の場合は胸元まで。
ボタンを紛失したところで此のナルシストは困らないようだ。
普通なら男の匂いが強調されるところなのだが。
下の素肌はやはり生白く、平地が覗いたところで動揺もしない。

それにボタンが無いのは何もシャツだけでなかった。
黒一式に映える大粒の鈍い金色。
羽織るだけの形になっている学ランは留め金の数が足りない。


その為のソーイングセットだ。
校章の入ってない物ならスペアがあったかもしれない。
此処に道具があるなら丁度良いだろう。
大した手間でもあるまいし、開いた鞄の奥に視線を落とす。

「付け直すならボタン持ってるけど……」
「あぁ別に良いよ、やってもらう義理とか無いし。」

しかし、進之介が手を差し伸べても結果は空回り。
流石に教室でシャツを脱ぐのは憚られるので、上だけでもと思ったのだが。
遠慮しているようでもなく、飽くまで軽く断られてしまう。

感謝されたかった訳でも、恩を売りたかった訳でもない。
けれど、和磨の返事は何となく引っ掛かって素直に呑み込めず。
いちいち義理なんて必要なのだろうか。
まだ"友達"ではないと言われてしまったような気分。


まぁ良い、そろそろ「また明日」と手を振る時間。
翌朝に顔を合わせる頃にはきっと綺麗に消えている事だろう。
刻々と陽の傾いていく空が帰宅を促す。

「痛っ!」

少し眩しくて目を伏せたところで、ふと片目に違和感。
すぐに痛みで開けられなくなってしまう。


「何どうしたの、見てあげようか?」
「ん…………」

背負う前の鞄は置かれ、立ち去ろうとした足を和磨がぴたり止めた。
大体の事情なら進之介の様子ですぐ察したらしい。
目にゴミが入ったのだ、要するに。

机を隔てて寄せ合った身体。
ほとんど変わらない視点、口付けるかのように顔を近付ける。

少々強引ながら上がらない瞼を指で押さえて、異物探索。
覗き込む緑の瞳はまるでガラス玉。
涙が滲んだ視界の中でも、何処か不可思議な色。

「うわ、痛そうだねぇ……、睫毛入っちゃってる。」
「あ、やっぱり。取れるか?」
「いや、自分でやった方が良いよ。がっつり白目に貼り付いてるもん。」
「……だろうな。」

目頭に刺さっていたり毛先が引っ掛かっているだけなら簡単なのに。
指でないと取れないが、他人に眼球を触られるなんて無理。
こんなに視界が悪くては水道まで遠すぎる。
鏡を使う前に、まず綺麗に手を洗う必要だってあるし。


「で、そんな時の為にウェットティッシュと手鏡ある訳なんだけど。」

助け舟は前方からまっすぐやってきた。
備えあれば何とやら。
進之介が必要性を問うたばかりのポーチを掲げて。
親切心と云うよりも、ほらみろとばかり得意げに和磨の唇が綻ぶ。

顔立ちが整っているだけに笑みは確かに綺麗。
しかし何故だろうか。
細められた垂れ目は妙に苛付き、胸の中が毛羽立つ錯覚。

「あれ、要らないの?」
「……ありがとよ。」

多少気に入らないとしても今は状況が悪い。
片目では不自由で何も出来ず。
先程、空を掴んだ進之介の手がポーチを受け取った。


女性は兎も角として、すぐ鏡を見る男はあまり良い印象を受けない。
それなのに今、ナルシズムに助けられてしまった。

「今時のイケメンは鏡持ってるもんだよ!」

熱を持って説く和磨の声は、右の耳から左の耳へ。
突発的な事故とは云えども可笑しな事になったものである。
消毒した指で睫毛を追い出すと、遣る瀬無さと安堵で進之介が溜息を吐く。
真っ赤な目を休める為に瞼を落とす。

「目薬も持ってるけど、昕守君使う?」
「いや、使い回しすると危ないってよく言うだろ。」
「そうだねぇ……、じゃ、痛いのよく頑張ったからご褒美あげるよ。」
「…………あ?」


唇に触れた冷気に驚かされる。

飛び起きるように目を開けたら、紅茶の味。
注ぎ口を此方へ向けて、和磨がミニペットボトルを支えていた。

「一口分だけ減ってるけど気にしないで。」
「飲みかけかよ。」

此れもまた和磨の鞄に仕込まれていたものの一つか。
文句が出ても、進之介も味わってしまった以上は仕方ない。
気にしないふりをして残りも喉に流し込んだ。
馬鹿にしているつもりはなくても、子供扱いされているかもしれないが。

ペットボトルの紅茶はジュース並の砂糖が溶け込んでいる物。
やたら甘ったるくて、毛羽立ちは洗い落せないまま。



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2014.07.04