林檎に牙を:全5種類
図書室は何処も静寂の匂いがする。
お喋りも控えめになって、ページを繰る音すら聴こえそうな程。
広い空間いっぱいに肩を寄せ合う様々な年代の本。
緩やかに流れる時間の中、誰かの手に取られるのをただ黙って待つ。

そうしてまた一冊、生徒に選び取られる。

「あー……、うん、昕守君らしいね……」
「何だよ、癒しを求めるだけだろ。」

傍らで静かに頷く和磨を一睨みして、進之介の視線は本に戻る。
捲ったページには、掌にすっぽり収まる体に大きな黒目。
大抵の者は表情が緩んでしまう。
頬袋を膨らませて丸々としたハムスターの写真集。


此の学校の図書室は本校舎から少しだけ離れて、渡り廊下の先。
場所が分かりにくいので和磨に案内役を頼んだ次第。
貴重な休み時間、此処まで歩いた甲斐あって探していた物に出逢えた。
あまり物を持たない主義なので貸本は助かる。

最近、二人で行動を共にする事がめっきり増えてきた。
席が近いので自然な話かもしれないが、転校生だからと気を使われているのか。

「嫌だな、そこまで親切じゃないよ僕。」

和磨が首を横に振りつつ、さらりと否定の言葉。
読んでいた本から顔も上げずに。

否、外国人の容姿なので元からクラスで浮いた存在だった。
別に除け者扱いされている訳でもないらしいが。
進之介が居なければ一人になるだけ。
マイペースなので、それに関して寂しさも不便も感じないときた。

だったら進之介と過ごすのは重くないのか。
いや、其処に関してはお互い様か。
余計な気遣いや取り繕う必要が無いのだ、お陰で付き合いも楽。

転校を重ねる進之介はあまりクラスで苦労しなかった、昔から。
人見知りしない性分なので溶け込むのは早い。

それを踏まえても和磨との間に流れる空気は少し独特。
肌に馴染むと云うか、妙に居心地が良いのだ。
少しも息苦しくない静寂。
手を伸ばせば届く距離、ただ黙って本の世界にそれぞれ浸る。


それにしても、何を熱心に読んでいるのやら。
進之介が写真集から顔を上げてみると、緑の目は活字の羅列を追っている最中。

和磨が広げているのは、花をテーマにした小説の短編集。
丸々一冊続く長い文章は苦手だそうだ。
何の気なしに問い掛けただけなのだが、返答は思いのほか長々と。
此の本は何度も読んでいるとか。
そして、特にお気に入りな作品の内容だとか。



それはスノードロップの花束を贈られた男の話。

送り主は、男が長年片思いしている少女。
女が男へ花なんて少し変わっているが、「自分の気持ち」だと微笑んで。
そうして雪の日に逢瀬を重ねる。
人目を避けて森の中、白く染まった大地に足跡は二つだけ。

そんなある時、すっかり夢見心地の男は湖で足を滑らせてしまう。
凍り付きそうな水に引き摺り込まれ、重くなった身体から容赦なく熱が奪われる。
助けを求める声も嗄れていく中、少女に見つかって安堵の息を零す。

しかし、少女はまだ息のある男をただ冷たく見下ろすだけ。
例のスノードロップを投げてると早々に去っていく。

その昔、男は少女を想うあまり彼女の恋人を手にかけていたのだ。
男からすれば罪の意識など無かったけれど。
此れは、心が壊れた少女による復讐劇。

やがて力尽きて薄れていく男の意識に映る花の色。
その純白こそ、実は死の使者。
雪の妖精に例えられる可憐な姿だが、決して人に手渡してはいけない。
贈り主に対して「死を望む」と云う意味を持つのだ。



「真っ黒すぎて思わず笑っちゃったもん、僕。」
「もう良い、エグイわ……!」

語る和磨は、甘い物でも味わうかのような表情。
他人の不幸は蜜の味?
ああ、背伸びして残酷な物を好むのは思春期にありがちな症状か。

聞かされる進之介からすれば苦いだけ。
解らないでもないので放っておく事にするけれど。


そもそも、綺麗な花には棘が付き物。
美しさとは裏腹に、恐ろしい毒や他の植物を駆逐してしまう繁殖力まで。
後味の悪い言い伝えが纏わる物なんて幾らでもある。

「イギリスでは"死に装束着た花"とか言われるくらい嫌われてるからね。
 日本で云うなら葬式花仕様の菊くらいは不吉じゃないかな、スノードロップって。」

金髪の和磨から異国の名前が飛び出すと、強い説得力。
良い機会なので進之介は口を開いた。
前から気に掛かっていたものの、何となく訊けずにいた事。

「お前、そっちの生まれなん?」
「いや、日本生まれの日本育ちだよ。うちの婆様がイギリス人ってだけ。」

手をひらりと、やはり和磨の返答は飽くまでも軽く。
立ち入った部分に踏み込むようで、今まで触れずにいたのに。
無意識に避けていたのが馬鹿みたいだ。
そう思うと金の髪が妙に忌々しくなって、ごく軽く睨んだ。


花に関しての知識なら進之介にもある。
本家の厳しい祖母から作法と叩き込まれたのだ、華道もその一つ。
流石にスノードロップを活ける機会なんて無いけれど。

「俺は夏の花の方が好きだけどな、蓮とか向日葵とか。」

誰もが茹だってしまう季節、強い陽射しを浴びて華やかさを増す。
それに夏の花は一際鮮やかな色。
活ける時も、再構築される世界の中心で強く咲き誇る。

「あー、僕も好きだよ……、何たって食べられるし。」
「食い気に走んなよ。」

どうやら和磨が思い描いていたのは、煮込んだレンコンや向日葵の種のパン。
艶やかな花弁を想っていた進之介は脱力してしまう。
花も良いが美味い物も好きなので、頭ごなしに否定はしないものの。

「目で見て綺麗、身体にも良いって偉いじゃないか。
 だから僕はハーブ系の花が好きだな、カモミールとか。」

多分きっと、今度はお茶の事を指しているのだろう。
容易に想像出来てしまうところが単純。

ふと写真集に目を向ければ、今の話題に丁度良いページ。
其処には向日葵の種を齧るハムスター。
進之介と和磨、それぞれ全く違う本の世界が重なり合った瞬間。
思わず口の端だけで笑ってしまった。


昼休み終了の予鈴が響き渡り、時間切れ。
それではまた此処で語らいましょう。



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2014.07.10