林檎に牙を:全5種類
国道沿いの一歩奥には、屋敷のような外観の喫茶店「ソフィア」がある。
大きめの建物なので目を引くものの、何しろ築30年を越した老舗。
その風貌は一見すると廃墟にも間違われた。

オープン当初こそ、ゴシック調で漆黒の建物はさぞ立派だった事だろう。
今や、風雨に晒された壁など剥がれかけ。
ただ塗り直すだけでも随分と見違えるだろうに。
周囲を囲む木々は手入れされていても深く繁って却って不気味。
閉店後の真夜中など、青白い顔でドレスを纏った幽霊でも現れそうだ。


其処も含めて街では名物の店なので、暫く潰れる予定は無いが。
事実、コーヒーの味は確かだった。
小奇麗で凝った内装に静かな雰囲気で一息吐ける場所。
長年足しげく通う者や物珍しさで立ち寄る者、愛されて客入りは上々。

飲み物だけでなく食事も手を抜いていない。
厨房には石窯まで構えられ、焼き立てのパンやピザを振舞う。

それから、喫茶店では永遠の定番も。



「おはようございまーす!」
「…………おう。」

朝から元気な事だ、いつもながら。
太陽を思わせる桜子が出勤すると厨房が明るくなる。
夜型の理穂からすれば眩しくて、挨拶されても返事は低く短く。


世間は夏休みを迎えたので店内にも若者が目立つ。
客は勿論の事、早い時間からのシフトを増やして稼ぐ学生達も。
専門学校生の桜子はそんなバイトの一人だった。
ショートカットにカジュアルな服装は子供っぽくなりがち。
快活なのは良いが、小柄なので中学生くらいに見える。


唇に紅すら差さないのは、まだ若い理穂もお互い様だが。
結い上げた髪とエプロン姿で調理に追われ、ほぼ一日中厨房に籠りきり。
清潔第一の身なりでは飾り気だって無くなって当然。
口数が少なく表情も硬いので、元から接客なんて向かない事だし。

周囲もそんな理穂を理解しており浮いている訳でもない。
「ソフィア」に勤めてから5年以上、有能なので信頼もされている。
無駄な愛想を振りまく必要がない職場で居心地は良かった。

ただ、日の浅いバイト達には怖がられがち。
とは云えど別に揉め事も起こらず、理穂としては不都合など無いが。



此の日は朝から鮮烈な太陽、昼過ぎには今年の最高気温を更新した。
犬でなくても暑い暑いと舌を出したくなる。

茹だってしまう外と比べたら、涼しさが保たれた店内は天国にも近い。
氷を砕いたグラスにドリンクが並々と注がれ、喉を潤す。
淹れ立てのコーヒーは冷ました傍から減っていく。

しかし、厨房となるとそうもいかない。
ただでさえ火を扱う場所、それに加えて石窯の圧倒的な存在感。
飲み放題の冷たい麦茶が置いてあるのが救いだ。
小まめな水分補給を欠かさず、首に下げたタオルで汗を拭う。


「おい、そろそろ休め。」

燃える石窯の番などしていたら熱が全身に回って当然。
今にも倒れそうな桜子の腕を取り、理穂は麦茶のコップを渡した。
口を付けたのを見届けてからそのまま引き摺っていく。
店長に断りを入れて、早めの休憩時間。


ルームシューズを脱ぎ捨てて、自由になった足を伸ばした。
店の裏方にある休憩室は下足厳禁。
あまり広くないフローリングの空間に、炬燵テーブルと座布団。

無人の際はクーラーを切るのが鉄則だが、まだ涼しさが残っている。
交代で休憩を取るので理穂と桜子が抜けても問題無し。
他に誰も居なければ寝転がっても恥じゃない。
リモコン操作で再び風を送り、座布団の枕を作って桜子を招く。

「貧血だろ、薬持ってきてやるから寝てな。」
「理穂さんすみません……、重ね重ね……」

桜子の足元が危うかったのは、暑さの所為ばかりではない。

何故、原因を把握しているのかと云えば。
急な出血で理穂からナプキンを借りたのは昨日の話だ。
ただでさえノーメイクなので顔色が丸分かり。


口にしやすいよう理穂がおにぎりを握り、サイドメニューの野菜スープも。
桜子には今日だけ特別な献立。
「ソフィア」で店員の食事は賄い飯、基本的にパスタばかり。
食べ難いし消化も悪いので体調不良の際には向かないのだ。

傍らに用意しておいたものの、桜子は横になったまま。
一休みしたら早退になるかもしれない。
そう考えながらも理穂が自分の皿に手を付け始めると。

「理穂さんが作ってくれたなら、出来ればホットケーキの方が……」
「貧血なんだから肉食えよ。」

図太く申し出されて、桜子の脳天にチョップを落とす。
実のところ、此れがいつも通りの二人。
軽口が叩けるくらいならそこまで心配要らないかもしれない。


「だって理穂さんのホットケーキ評判良いよー、クマさんも言ってた。」
「……クマ?え、誰よ?」
「うちの製菓学校の先生。プロが褒めるって凄くね?!」
「あぁ、そう……」

渾名らしいが呼び方からして男だろう、十中八九。
そんな見ず知らずの他人に言われたって。

喫茶店で永遠の定番と云えば、ホットケーキ。
昨今になってブームが来ているので注文が増えてきた。
担当している理穂の腕もあって「ソフィア」では特に人気商品の一つ。
薫り高いコーヒーを添え、家庭とは一味違う。


「あー、理穂さん嫁に欲しい!毎日わたしの為に焼いてもらうのに!」
「聞き飽きたっつの……」

いつの間にか座布団を避けた桜子が此方へ距離を縮める。
畳まれた理穂の脚に頭を載せ、膝枕の形。
こうして見上げられながら口説かれるのも、いつもの事。

桜子が理穂の年齢になる頃、きっと何処かの男と揃いの指輪をしているくせに。
こんなプロポーズなんて冗談だったと忘れて。

調子が良いと思いつつも、理穂は払い除けられず。
今ばかりは無表情で助かった。
胸に燻る複雑な気持ちなど、もし桜子に悟られても上手く説明が出来ない。


*end



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2014.07.23