林檎に牙を:全5種類
林檎の形の選択。
蛇はやっぱりトリックスター。
人数の多い神社では、毎度ながら食卓が賑やか過ぎる。
本来、物を食う必要の無い霊や妖を加えても。
主従関係の上で成り立っているとは云えど、異種族で揃うのだ。
そうして同じ物を味わい、親交を深めるのは良い事だろう。
お茶を飲みに集うだけでも声が台所まで届く。

午後三時の休憩時間。


「夕食の後でも良いんじゃないの?」
「夜に果物は良くないんだぞ、身体を冷やすからな。」


抱えていた箱を千之助が下ろすと、不安定な中身が大きく揺れる。
近所のお裾分け交換で本当に沢山貰ってしまった。
共同生活では協力が基本。
食べる分だけ水に通すと、手伝いの紫苑が一つ手に取る。

夕陽の赤に似た、大きさと重量感のある林檎。
実が引き締まって固い今が食べ頃。
古くなると張りが無くなって味も落ちてしまう。

果物ナイフを構えた紫苑が、片手で支えた林檎を回転させた。
掃除を得意分野とする彼女は台所仕事も器用な方。
刃物が滑ると皮は一本の帯になる。

見る間に赤を巻き取られて剥き出しの白い身。
どれだけ長くなっても球体から続き、途中で切れずに。

「あのさ、私の見てたって進まないわよ?」

放心したような面持ちの千之助に、飽くまで棘の無い紫苑の声。
実のところ此の方法を見たのは初めて。
あまり見事な物だから眼を奪われ、すっかり出遅れてしまった。


千之助が刃物を当てたのは曲線を描く側面ではない。
皮のままの果実を縦真っ二つ。

まな板の上に倒れた断面は蜜で潤んだ色。
きっと甘いのだろう。
八つ割りにしてみると行き渡っているのが良く判る。
そして種を除いた後、赤い背に果物ナイフを入れて皮を剥く。



「佐谷さん、丸く剥くの出来ないの?」
「やった事無いんだ。」
「教えてあげるわよ?」
「いや、此の方法じゃないと出来ない物もあるからな……」

砂の上を軽快に歩くような音。
刻まれた身から、甘い林檎の清涼感が匂い立つ。

刃物を使っている最中なので自ずと慎重になる。
話ながらも、二人揃って手は休まずに。
優しく扱わないと果汁が飛び散る、なんて類の果実ではない。
雫は指先に冷めたい程度。


一度ナイフを置いて、切り終えた物とは別の皿を用意する。
此方は千之助の従者の分。
林檎食うかと訊いたら、しっかり注文を付けられた。
まぁ、予測は出来ていた事だし腹を立てる程でもあるまい。
気を取り直して取り掛かるか。

先程と同じ手順で皮を剥ぐ刃を、ヘタの近くで止めた。
次に使うのはナイフの先。
浮き上がった赤に、深い三角の切り込み。

新しい皿に並ぶ、長い耳の生えた林檎。

「兎?」

呟いた真一文字の唇が震えて、綻んで、笑い出す。
吹き出したついでに赤の帯が切れた。

「遠雷が兎にしろって言ったんだ!」
「あぁ、言いそうよね、遠雷さん……」
「だから何で笑うんだ芳坂?!」
「ご、ごめ……だって可笑し……っ!」


土仕事で鍛えられている千之助は筋骨逞しい。
関節が目立って硬い指が、可愛らしい兎を生み出しているのだ。
それも真剣な横顔で。
紫苑からしてみれば、笑いの起爆剤に他ならぬ。

皿の上には、螺旋の蛇と座った兎。

多分、きっと、遠雷も見透かして注文を付けたのだろう。
部屋に戻ったら何て言ってやろうか。
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2010.04.19