林檎に牙を:全5種類
*性描写(♂×♂)

劇中の「羽村さん」は諷謡花暦から名前をお借りしてます。

湿った風に頬を撫でられてから雨の予感はしていた。
最初の一粒を零したのは夕暮れ、そうして夜中には地面を叩くまでに変わる。

閉めるタイミングを失って、網戸越しの窓は内と外の境界が薄い。
濡れた街は灯りを乱反射させて目を刺す。
照明を切った暗闇の部屋なので、ただでさえ音や光に敏感。

尤も、此処に居る拓真と遼二は雨なんて如何でも良い。
情交に溺れて熱しか感じず。


遼二は卓袱台に上半身を突っ伏している格好。
細い腰だけを持ち上げさせて、背後から拓真の刀身が沈み込む。
互いに膝立ちのまま繋がり合っていた。

拓真から大粒の汗が滴り、屈強な身体が溶け出すような錯覚。
遼二の背中に点々と落ちては水玉を描く。


抜き差しの度、ローションで濡らした秘部からは粘り付く水音。
けれど柔らかくなっても抉るには狭い。
奥深くまで拓真を受け入れ、痛みに耐えながらも声は上がらず。
遼二の下腹部も張り詰めていようと。

抱かれても喘がないのは何の意地だろう。

苦しげに呻くだけで、脱ぎ捨てて丸めたシャツに遼二は顔を埋めている。
きつく噛んで声を殺す為か、涙を吸わせる為か。
元から表情なんて見えない体勢なので隠す必要などないのに。


「頼むから、声……ッ、出してくれ……」

隣の部屋に届く前に、どうせ雨音で消されてしまう。
声が欲しいと拓真は訴える。
命令なんかではない、もはや哀願。

嫌ではないと、身を任せる事に嘘など無いのだと。

伏せた遼二の顔に無骨な手を伸ばす。
荒っぽいが、引き結ばれた唇を親指で抉じ開けようと。
それでも望むものは得られない。
灼けそうな熱い息に拓真が身震いした直後、強く噛まれた。

啼かされるとしたら、いつだって此方。
見下ろす遼二は爆ぜる時すらも無言のままで。




行為の後、あまり甘い気分に浸る事はない。
溜まった物を吐き出して汗でどろどろになった身体。

クーラーに切り替えようとした拓真が窓辺へ立つと、土の匂い。
地面から遠いアパートの3階でも微かに感じた。
遠くで鳴っていた雷も止んだらしい。
まだ荒れた風をガラスで閉め出せば、少々疲れた顔が映る。

ベッドサイドのライトを持ち込むと随分明るくなる。
浴室へ行こうとしたら、先に湯を浴びた遼二から麦茶のグラスを渡された。
眼鏡越しなので判り難いが赤い目で。

「何ですか、不機嫌そうですね。」
「俺、もう絶対に後背位とか嫌だからな……」

本来なら受け入れる側の台詞なのだが、口にしたのは拓真の方。
今日だって、元はと云えば遼二が強請ったのだ。
後ろからしてみて欲しいと。


男同士で付き合うのは互いに初めて。
身体を重ねるにも、毎度ながら未だに試行錯誤の最中。

啼かないのは諦めかけていたがその上に顔も見えない。
遼二が痛みで泣いている事は判っているので犯す形になってしまう。
加虐趣味があるなら滾ったろうけれど。
寧ろ、強いられている拓真の方が虐められている気分になった。
快楽は確かにあろうとも罪悪感で胸が痛む。

「顔が見えないのは、その、何だ……怖い。」
「女の子みたいな事言わないで下さいよ。」

歯切れ悪くも訴えてみたら、呆れ半分に口許だけで笑われた。
麦茶で喉を潤した後なので遼二の返答は至って滑らか。
拓真もグラスの中身を半分ほど煽り、再び応戦体制。

「向かい合わせで良いだろ、普通に。」
「だって、保志さん発汗量凄いし……雨に降られたみたいに顔濡れるから。」
「後ろからしろって、それが理由かよ……」
「口に入るのはやぶさかでないのですが、目に落ちると痛いんですよ。」
「眼鏡すれば良いんじゃ……」
「レンズが汚れるじゃないですか。」

「汚れる」とはっきり言葉にされると軽く傷付く。
黙ってしまったらこれにて終了、また今日も拓真の負け。

服を着ている時の遼二は饒舌。
口で勝てた試しが無い拓真には忌々しい事実である。
数年前までリングで拳を振るっていたボクサーが、情けない話。
それも、一回り年下の細い若造に。


そろそろクーラーの冷風も部屋に満ちて、火照りも落ち着いてくる。
大人しく麦茶を啜っていると横から遼二がお替りを注いだ。
そうして、もう片手にはパンの袋。

「食べるなら分けてあげますけど。」

事の後、痩せ型の割りによく食べる遼二は冷蔵庫を漁る。
拓真の家でも我が物顔だが、実習のお菓子なら余る程あるので却って有難い。
けれど、今日は夜食を持参してきたようだ。

「ベーカリー羽村」のロゴが見慣れた袋。
中身なら見なくても判っている、十中八九メロンパン。

「あぁ、羽村のところ行って来たのか。」
「定期的に食べたくなるので。」


まだ若い店主の羽村は製菓専門学校の卒業生で、顔見知り。
拓真の生徒、遼二にとっては先輩。

数ヶ月前、紹介されている記事をフリーペーパーで見つけたのは偶然。
懐かしさもあり遼二を連れて行ったところ、何だかんだで仲良くなって今に至る。
看板商品のメロンパンはよほど気に入ったらしい。
袋から一つ取り出して食い付くと、涼しい面差しが確かに柔らかくなった。

世間で流行っている、クリームが詰まっているような物ではない。
昔ながらの甘い香りと軽い食感。
余計な物が何も混ざらないからこそ飽きない味。


黙々と食べ進めるにつれて、何だか拓真は気恥ずかしくなる。
店に行った時、「二人とも仲が良いんですね」とは羽村に微笑まれたのだ。
勿論どう云う関係かは知らないし、裏も含みも無く。
だからこそ却って、ささくれにもなり得る。

情事の匂いが残る部屋、彼の欠片が此処にあるのは言い難い気まずさ。
拓真一人が勝手にそう感じるだけでも。

「神妙な顔しちゃって、どうかしましたか。」
「いや、別に……俺もシャワー浴びて来る。」

名残惜しく思いつつも食べかけのメロンパンを置いた。
そうして腰を持ち上げようとして、途中で止まる。
巻き付いた細い腕に阻まれて。

「……流しちゃうなんて、勿体ない。」

濡れた声が薄闇に落とされ、拓真は眩暈を覚えた。
困惑が強くとも一瞬だけ痺れて。

言葉の意味を計りかねていたら答えは思わぬ方法で与えられる。
汗の乾きかけていた頬を、遼二が舐め上げた。
飴でも味わうような舌先で。


「何、だよ……、汗だくなの嫌なんだろ……」
「口にするのは悪くないって言ったでしょう?」

こんな事したって、拓真にもう一度抱いて欲しい訳じゃない。
どうせ煽るだけ煽って突き放すのだろう。
最初から抵抗なら諦めている、遼二が飽きるまで付き合うしかあらず。

外は相変わらずの雨模様で、一粒の星すら見えない夜。
欠けた月なら此処に二つあっても。
卓袱台の上、齧られて三日月の形になったメロンパン。
甘く匂い立っても、暫くはお預け。



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2014.07.28