林檎に牙を:全5種類
いつまでも純真無垢なままで、などただのエゴイズム。
人は日々変化を重ねていく。
「永遠」なんてものは存在しない、此の世の理。

そもそも子供は天使じゃない。




「まァた荒んでンのなァ、ズマ。」
「別に、僕は元気だけど?」


放課後を告げる鐘は明るいうちに空へ消えた。
既に薄暗くなり、一刻ずつ濃さを増す藍色に尖った三日月が冴える時間。
輪郭が曖昧になった道は、夢の中を歩くような気分を混ぜる。
等間隔で灯る街頭が現実に引き戻しても。

明るい場所でなら絶対に見間違える筈のない大きな人影。
言葉を交わして、初めて繋がりが生まれる。

家に近い路地裏、和磨が一ノ助と顔を合わせるのは驚く事じゃない。
行き先も帰る場所もずっと同じ、学校とマンション。
もっと幼い頃は共に登下校していたくらい。

ただ、あの頃と比べて変わったものは幾つも。

昔から大柄だった一ノ助は野球もサッカーも興味無し。
格闘技でもやればさぞ強くなったろうに。
唯一の習い事で水泳は続けていたが、中学生からバレーを始めた。
今日も部活で汗を流し、遊び感覚の気軽なチームなので楽しい三年間。

一方、和磨もまた身体を動かしてきた後。
何をしていたかなんてあまり大きな声で言えやしないが。
薄めの唇は血染めで真紅。

他校の男子と喧嘩で一戦交えてきた証。


集団生活の中、金髪碧眼を生まれ持った和磨は否応なく目立った。
ただでさえ甘い顔立ちも趣向も女児寄りなので、同性の友達が少ない。
残酷な子供達は異端を避ける。
他者から受け入れられず、小さい嫌がらせから始まって悪化の一途。

男児の虐めは暴力に発展しがち。
しかし、どうせ泣いてばかりだと馬鹿にしていたのは誤算。
華奢に見えたって和磨も男児、好戦的な部分が目覚めてしまった。

殴られる事は、同じだけ返しても良い免罪符にもなり得る。
危ないと言われても実際に応戦したら強いのは和磨の方だった。
尤も、今では喧嘩を売る者なんて学校に居ないが。
成長期に入ってから背が伸び始め、当時の虐めっ子なんて早々に追い抜いた。

喧嘩慣れしているのは、身体が大きいから有利なんて理由だけでもない。
捻じ伏せる快楽を知ってしまった和磨は躊躇が無いのだ。
いつもの柔らかで綺麗な笑みを崩さず、強い脚力で相手を蹴り飛ばす。


別に喧嘩を売り歩いている訳じゃないが、柄の悪い男に絡まれる事も時々。
悪い奴なんか何処にだって居るのだ。
言い訳させてもらうと、今日は人助けの部類に入るけれど。

見知らぬ男子の窮地を見かけたのは偶然。
「助けて欲しい?」と訊ねたら、確かに頷いたので割って入った。
足技が得意な和磨は拳を使わない。
一撃だけで相手を倒し、無抵抗になるまで踵で踏み付ける。


「前から思ってたンだけどよ、こーゆー時のズマってアレに似てンだよな……」

連れ立って二人で辿る帰路。
元から大きい声、静まり返った薄闇に一ノ助の独り言は響く。
まだ毛羽立った雰囲気が消えない和磨は黙って待つ。
さしずめ、手負いの獣?

「えっとアレだな、失恋したOLみてェな顔してる!」

何が如何してそうなったのやら。
語彙が可笑しな一ノ助は、いつだって斜め上の発想。

「え、荒み具合が……?」
「家帰って洗顔して、鏡の前で「ひっどい顔……」って呟きそう。」
「何処のベタなドラマ?てゆか、そもそもOL限定って。」
「だってよ、ちょうど血で口紅塗ったみてェになってるし。」

思わず小さく笑ってしまったものの、今はそれだけで傷口に障る。
場所が唇では絆創膏もガーゼも貼れやしない。
舌舐め擦りで鉄錆の味を拭うと、薬代わりにリップクリーム。

女性並みに美意識が高い和磨は手入れも小まめ。
日々欠かさず磨いて肌のリスクを極力避けているが、喧嘩の時だけは別。
長身なので顔は殴られにくくても多少の傷はお構いなし。
痛みが伴わなければ面白くないのだ。


「ま、僕が女の子なら超絶美少女だからね。ナンパで絡まれて変わらないかも。」
「渾名が「超サイヤ人」の美少女か……うわ、かっけェわ!惚れる!」

仮説を口にしてみたら、一ノ助がふざけた二つ名を返した。
笑ってしまう話だが「王林中の超サイヤ人」と呼ばれているのは事実。
喧嘩に強く金髪碧眼、下らないくらい安易な理由で。

「否定出来ないのが悔しい、「オラわくわくすっぞ!」って気持ち解るもん僕……!」
「舞空術使えるようになったら教えてな。」
「かめはめ波の練習はマンションの皆でやったよねぇ、幼稚園の頃だけどさ。」
「日本男児が一度は通る道だろ。」

喧嘩を売られた時の和磨は喜びが隠せない。
知らない間に緩んだ口許を両手で覆っても、緑の瞳には瞬く光。
踊る心音で身体の内側から散らす火花は不思議と甘く。
まるで恋したような表情で挑むのだ、それが却って薄気味悪い。


一ノ助の方がよほど血の気が多そうな外見なのだが。
子供同士の取っ組み合いなら兎も角、殴り合いの喧嘩はした事がなかった。

水泳とバレーで鍛えた筋肉質の身体に、短髪は屈強な印象。
友達から無遠慮に肩を叩かれても何ともなし。
鈍いので嫌味や小さい諍いなどはそもそも気付かない。
夜道で絡まれたとしても、適当に凄めば相手の方が怯んで退散してしまう。

そんな一ノ助は人呼んで「不戦勝の大河」である。

「イノ君、威嚇するにしても「コッペパンにマーガリンでも塗って食ってろ」って……」
「ただの思い付きだけど、魂の叫びっつーヤツだな。」
「僕、あんな面白い罵倒を聞いたのは初めてだよ。」
「そんな笑えるか?でけェ声出せば大抵はビビるから何でも良いだろ。」

首を傾げる一ノ助と話していると毒気が抜かれてしまう。
棘だらけの感情は溶け去って、和磨は夜を仰いだ。


住宅街に差し掛かると家々の灯りで薄闇は透き通る。
視線を合わせなくても確かな存在感。
背の高いマンションで月が隠れた、自宅までもう少し。

幼い色に戻る空気は冷たくあらず、さりとて差して暖かでもない。
本当に熱が残っているなら喧嘩に対して忠告するなり叱るなりしただろう。
そうしないのは、変わっていく事を認めているからだ。
無自覚のままで広げた両手。

染まっていく色が何だとしても、「自分」だと誇って。



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2014.08.01