林檎に牙を:全5種類
空に昼の熱気を残したまま、赤い陽は西に焼け落ちた。
まだ明るいうちから賑わい始めた街が夕方近くになって騒がしさを増す。

混雑する週末の駅と云えども今日ばかりは年に一度の特別。
西から東、徒歩なら中を突っ切れば良いだけの距離。
車で移動するにはただでさえ遠くなるのに、交通規制の所為で更に回り道。

まぁ、致し方あるまい。

人波にちらほら混ざっても目を引く、浴衣や甚平姿。
歩行者天国の区域には鮮やかな屋根の出店が立ち並び、提灯も点々と。
花火大会の長い夜が幕を開けたのだ。


そう云う訳で、訪問者の到着は予定よりも遅れた。
いつまで待ってもアパートのインターホンは鳴らないまま。
手持無沙汰でだらけていたら、携帯に呼ばれた。
耳に当てると薄気味悪い息遣い。

「もしもし、今あなたの家の前に居ます。」
「メリーさんか。」

日暮れ時、電話の向こうから抑揚のない声。
こんなシチュエーションでも耳に慣れた低音では怖くない。
苦笑した拓真が扉を開ければ、待ち人来たる。
暗くなる空を背に、携帯を片手に遼二が立っていた。

何処の出店も多かれ少なかれ行列だらけ。
根気強く並んで入手してきた戦利品を提げ、気分だけでもお祭り。


人目を気にしなくても無精者の遼二は混雑が苦手。
二人で祭りに行くのは却下されてしまったが、代わりに夕飯を確保してきた。
外では落ち着かないので畳に座り込んで悠々と味わいたいらしい。
食べ歩きこそ夏の風物詩だろうに。

用意していた麦茶を注いでとりあえず水分補給。
しかし遼二は渡されたグラスに口も付けず、期待外れとでも言いたげ。
冷えてるにも関わらず不満の理由は、と云うと。

「ここはビールで乾杯じゃないんですか?」
「未成年が何言うか。」

卓袱台の上に並ぶのは唐揚げ、焼きそば、じゃがバター。
呑むつもりで買ってきたのだろう、酒のつまみに丁度良いメニューばかり。
道理で甘い物が一つも無い訳だ。
林檎飴くらい食べたかったのに、頼めば良かったと小さく後悔した。


「まぁ、黄色いのが良いなら他にもあるけどな……」

返品された麦茶は拓真が飲み干し、のそりと腰を上げた。
気に入るか分からないが代わりなら冷蔵庫に。
筋肉の太い腕に支えられ、取り出されたのは重いガラス製のピッチャー。

透明感があるビタミンカラーのイエロー。
ガラス一杯に満ちて揺れた正体は、レモネード。


「保志さん家の冷蔵庫って、何かこう、夢見がちですよね。」

学校が夏休みなので、実習で生み出されたお菓子は何とか減ってきた。
それでも長期保存が効く物はまだ冷凍で眠っている。
此処の冷蔵庫は、いつも食材や惣菜より甘い物の比率が高い。
宝石にも似た果実やフリルのクリームで色彩豊か。

そして極め付けがレモネードである。
いっそ笑ってくれれば良いのに、真面目に言われると困ってしまう。
厳つい自分に似合ってない事など今更の話。

「いえ、別に悪いなんて言ってませんよ?」
「含みがある言い方すんなよ、飲ませてやんねぇぞ。」

失礼しました、と遼二に差し出されたグラス。
ピッチャーを傾けてやると、レモンイエローが緩やかな流線型を描く。
二人分たっぷり満たしてから小さく乾杯。
揃って水面を啜れば、酸味のある香りが鼻腔に突き抜けた。

柑橘の刺々しさを和らげる蜂蜜の甘み。
夏らしい清涼感が舌を滑って、速度を落とさず身体に染み渡る。
すっきりした後味に一息吐いた。

ただ喉を潤すなら麦茶だけで充分。
わざわざレモネードを作った理由は、割と軽い気持ちだった。
そこまで酸っぱい物が好きな訳でもない。
実のところ、持て余した大量の蜂蜜を消化する為の策。


「業者の付き合いで瓶入り3本買ったんだよ、折角だし使わねぇと。」
「蜂蜜って安くないでしょうに………、騙されてません?」
「何だよ、その目は……、物は良いんだぞ。」
「だって保志さん、悪徳商法に引っ掛かりやすそうですし。」

散々な言い分だが、流されやすいのは拓真も自覚あり。
反論しようと口を開きかけたら空に響く音。
掻き消される形になって、思わず窓の方に向いたら光が瞬いた。

静かだった漆黒の夜空に散る、極彩色。
花火の開花時刻だ。


見物するなら、遼二の家からの方が打ち上げ場所も近いのだが。
駅の西口に背伸びするビルの群れで狭い空。
咲き誇る光の花は何処か窮屈そうで、見上げてもあまり楽しくないと言う。

東口方面にあるアパートの空は確かに遮る物など無い。
しかし、此処からでは遠くて小振りの花。
それでも形ならはっきり判るので贅沢も言ってられず。
ベランダに立てば最後まで楽しめるだろう。


そうして胡坐を掻いていた拓真の脚に倒れ込んできた。
頭を預けたまま遼二が寝転ぶ。

「おい、花火……」
「今年は良いです、別に。」

折角誘ったのに素っ気ない言い草。
少しだけ生温い扇風機の風を浴びながら、レモンの雫を舐めた。
膝枕の体勢で動けなくなってしまったのはお互い様。
この暑いのに密着したがる気が知れない。

拓真の方が大事だと思っても良いのだろうか。
年に一度咲く花よりも。

きっと遼二に問い質したところで無駄だろう。
甘えてくる時は気まぐれだとしても、冷たい口調を崩さない。
それなら此方も勝手にさせてもらう。

寛ぐには邪魔だろうと、無骨な指先で眼鏡のブリッジを摘まんだ。
レンズ越しに遼二の目が軽く睨む。
それでも抵抗の意志は無く、ただ拓真を見上げるだけ。
二人きりの時にしか晒さない素顔で。


「何だよ、寝るんじゃねぇのか。」
「レモネードで目が冴えてしまって……」

溜息にシトラスが香る。
騒がしい宴から切り離された夜の中、甘く。



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2014.08.03