林檎に牙を:全5種類
鳥居の一歩向こう、葉陰で太陽を隠してしまう深い深い鎮守の森。
此処は神と人間の住処を分ける境界線。
穏やかな空も神社に映えて、放課後を待った甲斐があった。

鞄を提げる制服姿の進之介は一人、少なからず弾んだ気持ちで見上げた。


長閑な田畑に囲まれた神社は遠くからでも目立つ存在である。
見渡す限り平面が続く中、天まで聳える深緑の森。
神社は何も初詣の時だけに行く場所ではない。
転校のたび、こうして一人で散策するのは進之介の楽しみだった。

寺や神社は古い日本の匂いが色濃い。
こうした場所に落ち着きを覚えるのは子供の頃からの話。
別に面白半分や度胸試しなどではない、それなら祖母の方がよっぽど怖い。


鳥居から社までは緩い階段になった石畳。
予想通り、人気はあらず薄気味悪いくらい張り詰めた静寂。
まぁ無理もあるまい、森の深さに対して境内はまるで猫の額である。
狛犬すら居らず、賽銭箱があるだけまだマシだろう。

外界から切り取られて、隠れ家じみた印象。
信仰心が薄れる現代では寂びれた場所になっても仕方あるまい。
怪談の舞台にはなり得そうだが、期待していた訳でも無し。


軽く一周してから帰ろうか、と石畳からスニーカーで踏み出した。
敷き詰められた玉砂利は足音を響かせる。
ほんの数歩で変わる視点の角度。
そうして社に近くなってから、進之介は初めて気付いた。

今まで神社に溶け込んでいた存在に小さく肩が跳ねてしまった。
死角なっていた場所に黒い影。
幽霊や物の怪ではなく何の事は無い、自分と同じ学ラン。

ふわふわ癖毛に眼鏡、小さく座り込んで眠そうにしている男子。
その生徒の顔を進之介は知っていた。

前にラーメン屋で逢った、確か名前は早未遼二。


介して知り合った和磨は居らず、まだ碌に会話もしていない仲。
友達の友達はほとんど他人である。

声を掛けるべきなのやら、そっとしておくべきなのやら。
そもそも遼二の方は此方を意識しているんだか。
人見知りしない進之介でも、何だか少しばかり気まずさを覚える。


そうこうしている間に、立ち止まっていた事を後悔した。

ぼんやりした顔を上げないまま、遼二がポケットを探る。
小さなお菓子の缶を取り出す。
しかし、中身はそんな可愛らしい物ではなかった。

指よりも細くて白い筒状。
此の距離でも見間違えようがない、煙草。


「別に逃げなくても良いでしょう?」
「いや、そんなつもりは……」

背を向けたまま掛けられた声に、進之介は捕らわれた錯覚。
動揺を呑んで返事しただけ大したもの。
こうなったら腹を括ろう、潜めた溜息を吐いて遼二の隣へ。



男子としては平均の遼二も、長身の進之介からすれば小さい。
ボリューム感のある柔らかい髪が生硬さを包む。
眼鏡で隠れない黒々とした瞳。
まだ幼さが残る端正な細面は、制服でなければ少女にも見えた。

粋がって男臭い不良なら兎も角、遼二のような生徒が喫煙するのは意外。
ああ、しかし、確かに真面目でもないらしい。
毎日顔を出さなくて良いから、と美術部を選ぶくらいだ。


遼二の口許には、言葉を封じるように咥え煙草。
涼やかな横顔が妙に引き締まる。
けれど手元にライターは有らず、いつまで経っても流れない紫煙。
それもその筈、よく見ればす全てが吸殻なのだから。

「えっと……、吸殻でも美味しいものですか?」
「別に、大人ぶりたいだけとでも思って下さって結構です。」

何の気なしに、進之介の舌から零れ落ちた問い掛け。
言葉が悪かったかもしれない。
遼二の機嫌を損ねさせてしまっただろうか、冷めた返事。
それほど強く匂い立つ訳でも無いのに息苦しいのは此方である。

せめて間に和磨が居れば、と思う。
今日は提出課題に取り掛かる為、部活に顔を出して不在。

転校してきてから、二人で連れ立つ事が多かったのは無意識。
遠慮の要らない空気が妙に懐かしくなってきた。
一人での帰宅は気楽な筈だったのだが。
憩いの場を求めて神社に来たのに、現状が此れでは意味が無い。


「あの、居心地悪いなら帰って良いですよ?」
「えっ……、あ、はい……それでは。」

進之介も感情が顔に出やすい方。
思惑を易々と読み取って、遼二が先に切り出した。
好機を逃す訳にいかず、気を付けの勢いで腰を持ち上げる。

解放で安堵すると同時に釈然としないのも正直なところ。
もっと早くして欲しかった、自分が此処に居る意味なんて無いのだから。


「内緒でお願いしますね、出来れば。」

早足気味で立ち去ろうとする進之介の背に、最後の一声。
考えるまでもなく該当するのは喫煙の件か。

別に言いふらすつもりなど最初から無かったのに。
はっきりとした口止めでないのが、却って不穏を胸に残した。
訳も分からずに鼓動を騒がせる。

いっそ怪奇現象でも起こった方が落ち着いて受け止められた。
鳥居を抜けた後も、進之介は振り向けないまま。




「あれ、昕守君どっか寄ってたの?今帰り?」
「まぁ、な……」

首を傾げる和磨に、進之介は何処か疲れた顔で笑う。
そろそろ橙色に染まり始める通学路。
頭一つ分大きな影を呼び止めて、結局いつも通りの帰り道。
待っていた訳でもないのだが。


とは云え、特に話す事も無く、お互いを見やったりもせず。
小さな子供でもあるまいし手だって繋がない。
真っ平ごめんだと渋い表情をするだろう、お互いに。

進之介はただ大きな欠伸を一つ。
紫煙に似た何かが胸の中で燻っていても、静かに抜けていく。

和磨の顔を見て安心したなどと、口にしてやるものか。
緊張が解けたのは事実であっても。
無言を保っていても、隣の存在感は緩やかに呼吸するだけ。


「あれこれ訊かないんだな、和磨は。」
「えっ、やだな昕守君てば。誘い受けとかウザいよ?」
「軽々と言うな、こんにゃろう。」
「そんぐらいで傷付いてたら生きていけないでしょ。」

苛立つ物言いに和磨の頬を抓ってやりたくなったが、手は引っ込めた。
腹の底から笑ってしまっては恰好がつかず。



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2014.08.10