林檎に牙を:全5種類
注いだ湯でティーバッグを蒸らすと、瞬く間に染まって真紅。
一杯目のローズは濃すぎて口が付けられない。
摘み取られた後でも、花の女王は酔ってしまうほど強く香る。
ミルクで薄めなければ飲み干せない味。

ティーバッグを戻して二杯目、少し淡くなった花弁の色。
華やかな香りも優しくなって喉を通る。


「あぁ、懐かしいねぇ。よく「ご褒美」って店長が淹れてくれたっけ。」
「アンタの家で飲む日が来るとは思わなかったけど。」

クイーンローズティーは喫茶店「ソフィア」でのオリジナルブレンド。
地元でバイトしていた高校生時代、背伸びして味わったものだ。

考えてみれば彰美が口にしたのも二年ぶりになるか。
旅立つ際に客として訪れ、手土産に包んでもらったのは昨日の話。
今は生まれ育った場所を遠く離れた都会。
一泊二日の観光、宿にと招待されたアパートの部屋。

ハーブティーを啜る唇に冷静を装っても、飽くまで見せかけ。
実のところ彰美は居心地の悪さを感じていた。
懐かしさだけで選んでしまったが、薔薇の香りは落ち着きを奪う物。

そもそも眠る前に飲む物ではない。
窓の外は、深夜を迎えても灯りが消えない街。

大学生になった夏海の住む一室に訪れたのも、今日が初めて。
初めから細く長くの付き合いだったのに。
いきなり懐に飛び込むようで、考えてみれば妙な状況。
誘われるままと云えども、行動したのは自分なので文句も言えない。


森井夏海とは高校でも喫茶店でも同じ制服だった仲。
クラスメイトになる事もあったが、教室で話す事はほとんど無かった。
他の同級生だって自分達に接点があるなど知らない。

まるで花のような美しさを持つ夏海は学校で浮いた存在だった。
女子校でなかったら、きっと男子が放っておかなかった筈。
凛とした瞳と艶々の髪は漆黒。
華やかな面差しも細い手足も木目細かに白く。
そう表現すれば、いかにも初心そうな少女を想像するだろう。

けれど、美しさを自負する彼女は飄々とした姿勢を崩さない。
常に信念を貫いたマイペース。
馴れ合う友人が少なかろうと、嫉妬で避けられようと。

短い髪で長身、ボーイッシュな彰美とは違う生き物。
昔から気さくさを売りにして生きてきた。
友達に囲まれていれば他人と合わせるのが当たり前になる。
それだけに、苦手意識を抱かれても平気な顔の夏海が少しだけ羨ましかった。


シフトで一緒になる事が多い喫茶店、距離が近付くのは自然な流れ。
休憩時間のテーブルを囲めば紅茶と他愛ないお喋り。

夏海に見えている独特の世界を知ってみたくて。
当然ながら考えている事だって彰美と違う。
強要する訳でもなく解らないでもなく、話としては面白かった。


最後まで何処か友達未満の空気だったけれど。

受験でバイトを辞め、高校も卒業して、夏海に至っては都会の大学へ。
それきり顔を合わせず電話やメールだけ時々。
こうして自然消滅していく縁なのだと薄々ながら考えていたのだが。

今回、彰美が都会に足を運んだのは夏海に会う為じゃなかった。
飽くまでも目的は別であって観光のついで。
ぽろりと零した一言で、彼女から「泊まりにおいで」と話が進んだ。
そこまで甘えるつもりも無かったのに半ば流される形で。


「彰美は変わらないねぇ、何だか安心したよ。」
「そう云う夏海は……変わったな、アンタ誰?」
「おや、これはまた随分な。」
「泊めてくれるほど親切じゃなかっただろ、私が知ってる限り。」

冗談混じりの軽さであったが、彰美の人差し指は真っ直ぐに。
観光案内を買って出られて一日過ごした後。
夏海に対する戸惑いなら積もり積もっていたのだ。

一言で表すならば、以前の彼女にあった棘が見当たらなかった。
誰彼構わず刺す訳でなくて他人と一歩距離を作る類。
堂々とした自信家で、時には見透かすように余裕ぶった口調。
笑い方だってもっとシニカルに。


美貌は衰えておらずとも、かつての冷たさは失われていた。
儚いくらい柔らかな雰囲気。
時折ぼんやりとする瞳には、とろりとした艶。

「優しくなった」と云う変化なら悪い意味ではない、本来なら。
しかし、彰美が会いたかったのはそんな女じゃない。

目の前に居るのは、一体誰なのか?


「何があったんだよアンタ、冗談抜きで気になるんだけど。」
「そう問われると痛いね。」
「エイリアンに身体を乗っ取られた、とか言われても今なら信じるぞ私。」
「まぁ……、失恋とか。」

夏海の返答は、今までの違和感を解く事に値した。

けれど、それは聞きたくなかった。
いっそ非日常で壊れた所為なら受け入れられたのに。


「紅茶自体、今日は久々に飲んだんだ。彼はコーヒーが好きだったから。」

ひんやりした夜の部屋、まだ湯気を立てる薔薇が暖める。
赤い雫で濡れた唇から滑り落ちた自供。
静けさを保っても切ない色が隠し切れない声で。
目を伏せる夏海は泣いてないけれど。

彰美が視線を上げれば、此処からすぐ台所。
ティーカップの戸棚にはインスタントコーヒーの袋。
何だか胸の中が苦くて堪らなくなる。

無意識のうち、表情にも出ていたのだろう。
強張る彰美を見て夏海が笑う。

「彰美がそんな顔する必要ないのに。」
「アンタは自分の事しか好きじゃないと思ってたよ、私は。」
「いやいや、キミの事だって好きだよ。」
「嘘だね、私と付き合ったり出来ないだろ?」

此処まで言えば、夏海だって黙るしか出来まい。
そう計算して口にしたのに。


「じゃ、キスでもしてみる?」

麻痺しそうな薔薇で酔ったのかもしれない。
頬に触れられて、挑発的な唇と吐息が混じり合う。
黒い瞳で真っ直ぐに彰美を突き刺しながら。

引き寄せられるまま、呼吸が奪われた。

重なる熱に血が一瞬で煮え立つ。
ただ触れ合うどころじゃない、深々と鋭く棘を剥いて。



「……キミね、何も頭突きする事ないと思うんだけど。」
「アンタなぁ……ッ、いきなり舌入れんな馬鹿!」

赤くなったのは彰美だけじゃない。
夏海が押さえている額も、痛みで染まった色。

目を吊り上げて怒っているが、飽くまでも空気は緩んでいた。
寧ろ、キスする前の張り詰めた糸など伸びて。
本気で激昂などしちゃいない。
悪ふざけ、それに対しての制裁、喉元過ぎれば忘れていく。

許す許さない、なんて話にはならず。
元から同性では数に入らない。


口直しにカップの中身を飲み干した。
三杯目は流石に薄すぎて味も香りも素っ気ないだろう。
糸の先に繋がるティーバッグ。
小さな袋に詰まっているのは、薔薇の屍。

ああ、多分きっと。
彰美にとって、夏海は正しく薔薇のような存在だったのだ。


触れたいなんて考えるのもおこがましい。
手に入れればあらゆる面倒事が降りかかり、いつしか枯れてしまう。
ただ届く範囲で眺めていれば幸福でいられたのに。

誰かに摘まれた後など知りたくなかった。
それが花の定めだとしても。

そうして、棘を抜いてしまった男を酷く憎んだ。


*end



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2014.08.27