林檎に牙を:全5種類
低く唸り声を上げながら、細雪が高く降り積もる。
白銀の冬山はすぐに色を変えてしまう。
山頂から注がれるシロップで染められて、赤や黄色。

「カキ氷のお客様、お待たせしました!」

フードコート付きのコンビニは炎天下に灼かれる人々止まり木。
こうも暑くては、途中でクーラーを浴びないと溶けてしまいそうになる。
陽射しを避けた席で茹だっている黒と金色の頭。
テーブルにカキ氷が届けられ、ようやく進之介と和磨が顔を上げた。

スプーンで崩せば、雪道を踏みしめる足音に似ている。
何も考えず搔き込みたいところを抑えて一口。

熱くて渇いていた口腔に、甘い雪が瞬く間に溶ける。
こんな僅かな量であっても涼を求める身体には染み渡っていく。
何だか懐かしい気持ちを呼ぶ味。


「シロップって実は全部同じ味なんだっけ、着色料と香料が違うだけで。」
「情緒ない事言うなよ、和磨……」

注文の際、シロップの味で真剣に悩んでいたのが馬鹿みたいではないか。

プラスチックのスプーンに歯を立てて、進之介が抗議する。
さっぱりしたかったので選んだのはレモン。
シンプルな方が長く楽しめる、氷が溶けた後も飲みやすい。
和磨の方は定番中の定番で苺。
赤は視覚からして食欲に訴えてくる、見ているだけで甘ったるい。

「前に何かで読んだな、って思い出して。ま、その色と匂いが大事だけどさ。」
「こーゆー甘い物は添加物入ってるもんだろ、カキ氷に限らず。」
「身体に悪い、は美味しそうだからね。」
「だな……、そこ気にしすぎてたら何も食えなくなるし。」

本家では魚の食べ方一つにしても五月蝿いのだ。
ましてやジャンクフードなんて、祖母の前で広げる勇気はない。

口に入れる前にカロリーや添加物で躊躇う時もある。
しかし困った事に、そういった物はことごとく美味そうなのだ。
食に関して進之介のこだわりは人一倍。
舌と胃袋の欲求には勝てず、考慮しつつ味わえば問題ない。


苺、レモン、此処に加えて緑のメロンと青いブルーハワイ。
どれも蛍光に近い鮮やかな色と強い甘味。
自然に出せるものではないし、本物とは確かに違う。

毒とばかりも言えないけれど。
食べ物は目でも味わう物、カキ氷は此の色でこそ。


早く食べねば氷は刻一刻と溶けてしまう。
突き崩しながら食べ進めると、少しずつ白い部分が減っていく。
シロップに浸食されて低くなっていく山。

本質は液体なので軽く食べ切ると思いきや、問題は冷気。
頭痛を恐れて一匙一匙と慎重に。
此処で悶絶していたら、折角のカキ氷が愉しめない。
慌てずゆっくり、しばらく無心でスプーンを動かしていると。

「そーいやさ、「ファーストキスはレモンの味」って言うよね。」

和磨ときたら今度は何を言い出すのやら。
元から変な奴なのだ、暑さで思考が麻痺しているのかもしれない。


「いや、昕守君が食べてるの見てたらふと思って。」
「偽物だけどな、俺のは。」

本物のレモンは完熟でも酸味が強すぎて、寧ろ渋い。
果汁を舐めただけで毒のような刺激。
そんなにも痛い物で例えなくても良いだろうに。

「60年代の歌で、青いレモンの味とか歌詞あったらしいし。」
「それ、むちゃくちゃ酸っぱくて渋いって事なんじゃ……」

遠回しに「碌な思い出にならない」と言っているのではないだろうか。
何だか話を聞いているだけで口の中が酸っぱくなってきた。
刻まれた味覚の記憶は単語一つで反応する。
じんわり湧いてきた唾液を飲み込んで、眉根を寄せた顔。


「どうだかね、そのくらい人生変わるって事なんじゃない?」

尤もらしく説いてみせる和磨も進之介も、キスの味など知らず。
いつまでも子供でいられない青臭い思春期の真っ只中。
ただ妄想ばかりが空回るだけ。

彼女が居るくらいならこんな話題にもならない。
いや、そもそも、お互いこうして二人きりで過ごしてないか。


「つーか和磨さ、お前、何か吸血鬼みたいになってる。」
「セクシーとは言ってくれないよね、昕守君てば。」

苺に染まって舌どころか唇まで真っ赤。
対照的に、ただでさえ生白い顔は氷で冷えて青いくらいなのに。
色素の薄い和磨は変化が明らか。
無駄に目鼻立ちが整っているだけ、影が差すと美しさは畏怖になる。
黙っていれば女が見惚れるだろうに。

シロップで染められたのは色だけでなく、甘味も。
どちらの舌も赤と黄色しか感じない。

羨ましくなったのか、和磨がレモンを一匙盗んでいった。
進之介が咎めるまでもなし。
代わりにどうぞ、と同じようにして苺を置いていく。

崩れかかった黄色に、小さな赤。
和磨が件の唇で口付けた痕を思わせる。


見ていられなくて、スプーンで手早く抉り取った。
表情を保って気にしてないふり。
味わわずに呑み込んだにも関わらず、甘ったるさが喉を滑る。
シロップ自体は同質の筈なのに「否」との主張。

暑さで思考が麻痺しているのは進之介の方かもしれない。
氷が溶けたら、こんな感傷も消えますように。



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2014.08.31