林檎に牙を:全5種類
繁華街となっている紅玉駅の西口は夜でも明るい。
様々な店が肩を寄せ合って数歩の距離。
寧ろ、日が暮れてからの方が目につく所だってある。
真昼はひっそりしていても、ネオンに彩られれば活き活きと。

そして、そうした店の大抵は酒を扱っていた。



駅前に聳えるビル内からは、そんな賑やかな夜が窓から一望できた。
少しぼんやりしながら見下ろす拓真がビールを啜る。
ほろ酔いくらいが一番心地良い。
グラスの中身も残り少ない、飲み干したら帰り時とするか。

乾専門学校の最寄り駅から電車で30分弱。
車での通勤が多いので、急な飲み会ではメンバーが限られてしまう。
居酒屋に集った教員達は拓真を含めて3人。

調理と製菓の学校でも、何も実習ばかり行っている訳じゃない。
資格試験は筆記なので座学だって大事。
二年生になってからも社会に出る為の授業を受ける。
商売としての術でマーケティングやパソコン、教養にデザインとフランス語。


「あぁー……、早く結婚したい……」
「男しか居ない中で言われてもな……」

先程最初に唸ったのは、デザイン講師の玉梓喜一。
適当に纏められた癖毛と洒落っ気の無い眼鏡。
絵具を扱う事もあるので汚れても構わない服装ばかり。
造りは悪くない筈でも如何せん地味だが、親しみやすい人柄に定評がある。
拓真とも年齢が近いので校内でもよく喋る仲。

対して、フランス語講師の庄子肇は至って乾いた反応。
細面に切れ長の目、髪も顔立ちもさらっとして綺麗な色男だった。
そろそろ30代後半だが何処か冷たく甘い風貌。
取っ付き難そうな印象ながら「クールで格好良い」と女生徒から人気がある。

2年前に結婚してからは落ち着いたが。
グラスを持つ左手の薬指に、雫で濡れたシルバーの指輪。


「彼女居るってば!でも「あと3年は結婚したくない」って言われてんだよ!」
「結婚は書類に追われる事になるからな、忙しいって意味なら解る。」
「庄子先生、「結婚は良いぞ」とか言ってよ……、そーゆー現実的なのは良いから。」
「現実的な物だろう……、結婚は。」

だらだら取り留めもないまま玉梓と庄子の会話が続く。
隣と向かい合わせ、ほんの間近。

教員になってから目線も変わったので、彼らとの付き合い方も然り。
教わる側から同じ立ち位置になったのも妙なもの。
こうして酒を飲み交わすなど、生徒だった時には想像もつかなかった。


「そーいやクマの方はさ、付き合ってる子居たっけ?」

不意に、矛先が自分へ向けられる。
油断していたらきっとビールを噴いてしまうところだった。

「一応、居る……でも俺の方が年上すぎて、時々何話して良いのか……」

嘘が吐けない性分、咄嗟など尚更。
それなら必要最低限で黙れば良いものを後半は余計だった。
アルコールで口が滑ったと云うべきか。

「ほう……、私も年の差夫婦だけどな。」
「あー、庄子先生のとこ奥さん結構年下だっけ?」
「ギリ一桁だな、9歳差。」
「うちは5歳違いだわ。で、クマのとこは?」


「……………干支が同じ。」


「もげろ。」
「流石に未成年は如何かと思うな、私も……」

伴侶に対しての不満は無い、若ければ良いものでもなし。
かと云って羨ましい訳でなくてもあらず。
それでも、訝しむ玉梓と庄子の視線はしばらく冷ややかだった。
拓真にとっては突き刺さりそうな痛さで。




ビルを後にした拓真は、やっと一息吐いた。
落ち着いた居酒屋の店内と比べると風があるだけ頭が冴える。
時計の針は思ったよりも下、早く帰れそうだとネオンに背を向けた。
東口方面の自宅へは駅の中を突っ切って直進あるのみ。

予定通りグラスが空になった辺りでお暇してきた。
何も本気で軽蔑されてないし、あれくらいで接し方も変わらない。
けれど居心地が悪くなってきたのも事実。

そうなった本当の原因は、あの二人にある訳じゃなくて。


「あれ、保志さんも今お帰りですか?」

雑踏から聞き慣れた一声。
家路を急ぐ人々の中、見慣れたふわふわ頭が此方を向いた。

ああ、どうして顔を合わせてしまったのか。


よく考えれば可笑しい事でもなかった。
遼二のバイト先は駅ビル内、そして今頃が閉店時刻。
遅くまで働いていたなら此の辺を出歩いていても不思議でないのだ。

ただ、遭遇する確率に関しては偶然。
今日は実習が無かったので、学校でも逢わなかったのに。

「保志さん眉間の皺凄いですよ、ただでさえ髭の所為で老けて見えるのに。」
「お前な、忠告するにしても優しい言葉を選べって。」
「いや失礼、今は僕に会いたくなかったのかと思いまして。」
「だから、そう云うのもやめてくれ……頼むから……」

遼二の物言いに棘があるなどいつもの事。
慣れたつもりでも、気弱になっている時は浅く刺されただけで痛む。


西と東、それぞれ自宅の方向は正反対。
週末なら連れ立ってアパートへ行くところだが、明日も学校。
早く休みたいなら此処でお別れ。

酒を飲んでも陽気にならない拓真はそのまま無言になってしまう。
訊かれれば安売りしてしまっても、自分から話題を振れず。
今は何を話して良いのかも分からない。
気に病まずとも、どうせ明日には元通りになる事だし。

「あ、僕これからコンビニ行くので付き合って下さいよ。」

軽い挨拶で去ろうとする前に、退路を塞がれた。
拓真の袖を掴んで逃がさない手。

「……何か奢ってほしいのか?」
「いえ、保志さんも酔い止めのドリンク剤買った方が良いかと。」
「何で分かんだよ、そんな呑んでねぇのに。」
「何で、て言われましても……、僕が心配するの変ですか?」

首を傾げる遼二が目を細めた。
彼だって自分が優しいとは思ってないだろう。
それでも気に掛けるのが当然だと云う表情、恋人ならば。


酒の席で伴侶の話題になった時、胸が締め付けられた本当の理由。
同性では、彼らのように揃いの指輪で祝福されない。

同性だからこそ拓真は相手として選ばれたのだ。
かと云って遼二が女だったら、とはあまり考えたくなかった。
細身でも硬い抱き心地は確かに男。
それに安堵を覚えてしまった今、代わりなど有り得ない。

割り切った筈でも心苦しさは消えないまま。
此の先ずっと一緒でも別れたとしても、何度だって繰り返す。


此処から一番近いコンビニは外。
掴まれた袖を離されるのが怖くて、大人しく拓真は後へ続いた。
数分前に上ったばかりの階段を下って。

アルコールで纏まらない頭を動かしても無駄だと諦めた。
良くも悪くもまだ夢見心地。
遼二が主導権を握りたがるのは今に始まった事でもなし。
それなら身を任せるのも悪くない、一人でないなら大丈夫だろう。

ただ、逢えて嬉しい。
単純にそれだけが事実で良いと。



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2014.09.04