林檎に牙を:全5種類
身心共にだらだらと溶けそうな季節はいつから崩れ始めていたのか。
まだ眩しくても太陽は遠ざかり、半袖の腕を撫でる冷えた風。
今年の夏は少し急ぎ足で過ぎて行った。

日中は涼しい校内で過ごしているのでもう残暑も怖くなかった。
材料が痛まないようにとクーラーを効かせた実習室。
デスクワークに勤しむ職員室も肌寒いくらいなので、夏を惜しむ間もなし。
体温が高めの拓真には有難くも、いざ通り過ぎると寂しさも一抹。
茹だっている時こそ秋を待ち望んでいたのに。


さて、季節が変われば味覚も移ろう。
涼しくなってから美味しくなる物、その一つと云えば。

「途中でチョコ買ってきたんですけど、保志さんも食べますか?」

きっとコンビニに寄ってきたのだろう。
拓真の家に着いて早々、遼二が鞄から袋を取り出した。

毎年、秋はチョコレートも実り出す。
新製品や限定品も出回るが、遼二が持ってきたのは昔ながらの物だった。
円錐状に絞り出して銀色のホイルに包まれた姿。
掌で掴み取れば幾つも収まってしまう、小さなキスチョコ。


お菓子なら実習で有り余るほど作っているし、バイト先もケーキの店。
それでもまだ糖分を欲しがるのは何故だろうか。

「別腹です、摘まむのに丁度良いサイズなんですよ。」

その口振りからすると、遼二にとって馴染みの味らしい。
では早速、と袋を破った細い手。
重たげにぎっしり詰まっていた銀色の粒が転げ出る。

先から伸びた細長い紙には社名のプリント。
引っ張ってくるりと回せば、チョコレートが顔を覗かせる。
真ん中から一直線にホイルが裂けた。
やはり絞り口がきゅっと尖り、独特の形をした粒。

口に放り込むと、鈍い音で咀嚼しながらも冷たい横顔。
味わう間も指先でもう一粒破く。


「……ん。」

頬袋が空になったところで、やっと拓真の方を向いた。
剥き身のチョコレートを咥えて。
普段の素っ気なさは何処へやら、食べさせてくれるにしては大胆。

口付けを強請って突き出した唇。
不意に、キスチョコの形が脳裏で重なる。

戸惑ったところで元から拓真に拒否権は無し。
二人きりの時でなければ絶対に出来やしない、こんな事。
誰が見ている訳でもないのに気恥ずかしい。
しかし今は考えない事にした、早くしないと機嫌を損ねてしまう。

サマーカーディガンの薄い肩に手を置く。
顔を寄せて、唇ごとチョコレートに齧り付いた。


「美味しいですか?」
「あぁ、まぁ、そうだな……」
「保志さん、正直に。」
「…………不っ味ぃ。」

曖昧に頷こうとしても見抜かれていたらしい。
吐き出さないものの、口を押えた拓真が低く唸った。

近付いた時に匂いで違和感を察しても、罠に嵌った後では遅く。
噛み砕いてみると強烈なまでの乳臭さ。
さっさと呑み込んでしまいたいが、チョコレートは粘り気が強い。
いつまでも舌に纏わりついて離れないのだ。

昔から存在だけなら認識していたが、口にしたのは初めて。
こんな味とは知らなかった。


急ぎ足で冷蔵庫に立った拓真がペットボトルのコーヒーをグラスに注ぐ。
麦茶もレモネードもあるが、喉を洗い流すなら更に濃い味が良い。
苦々しい表情の此方に対して悪戯が成功した遼二は満足げ。
笑っているのが何とも忌々しい。

「早未、お前な……、嫌がらせの為に買ったとしたら酷いぞ。」
「僕が食べたかったからに決まってるじゃないですか?」

白々しくも、遼二が首を傾げてみせる。
それでも先程までの無表情よりはずっと可愛らしくもあり。
非常に悔しい事だが、惚れた弱み。

袋を手に取った拓真が製菓職人の目で表示を読む。
原産国はアメリカ、癖が強いのは牛乳を使っている所為か。

輸入品は物珍しさで持て囃されるが、必ずしも美味い訳じゃない。
拓真もそれこそ様々な種類を食べ比べてきたのだ。
日本のチョコレートだって、本場の国に負けないと知っている。


ただ、遼二が自分の為に買った事は嘘でないらしい。
拓真で遊ぶ時間が終われば用済みの筈だったチョコレート。
また一つ剥いて歯を立てる。
グラスを奪い取って、飲み残しのコーヒーを啜りながらも。

「たまに食べたくなるんですよ……、ちょっと、思い出あるから。」

不味いと感じている癖に。
懐かしむものだったらしく、何処か穏やかに遼二が言う。

「言っておきますけど、父とか秋一さんとかじゃないですよ?」
「あぁ、そう……」
「保志さんの知らない人との……、とだけ。」
「何でそうやって含みのある事言うんだよ、早未……」

離婚で別れた父親に、失恋した秋一。
痛む古傷だろうと拓真が触れないようにしているのに。
腹の底を見せないまま遼二は軽々と口にする。

昔の事を訊けないだけに、まだ知らない事が多すぎる。
埋められない溝は確かにあった。

何でもない事だって教えてほしいのに。


引き寄せられて、今度は遼二の方から唇を重ねられる。
黙り込んでしまった拓真をあやすように。
若しくは、また言葉を封じられてしまった気がした。

チョコレートは上書きされて、コーヒーが香る。
絡み合う苦味に欲情して息が乱れた。
溺れてしまえば愉しい。
けれど手を伸ばす前に、一呼吸だけ置いた。

「なぁ……、俺、したいから付き合ってる訳じゃないからな?」
「何ですか、急に……良いから、脱いで下さい。」


遼二が本当に欲しいのは何だろうか。

チョコレートを介して、誰を想ったのかは判らないまま。
それは些細な事かもしれない。
訳ありを装って、拓真を虐めて愉しんでいるだけ。

それならそれでも良かった。
捻くれた愛情表現だと受け止めてやれるのに。

喘がない遼二は口を閉ざし、それきり声を殺してしまう。
身体が開かれたって何も聞こえやしない。
それがどうしようもなく哀しくて、涙を見せずに拓真は泣いた。
零れ落ちない雫は胸に沁み、苦く甘く。



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2014.09.12