林檎に牙を:全5種類
中心街に面しているだけに駅の西口方面はいつも活気がある。
例え月も星も見えない夜であっても、散りばめられた光で溢れていた。
居酒屋が掲げるネオンの色なんて毒々しいくらい。
冬になれば街路樹はイルミネーションが灯り、冴えた闇を彩る。

毎週2日、夜遅くまで塾通いの受験生には有難い。
治安の悪化を辿る昨今、女子高生の独り歩きは危険と隣合わせ。
明るいと云うだけで幾分か安心する。

今夜も数字漬けになって解放される頃は9時過ぎ。
学校から直行したので制服のままだし、塾の前に齧ったパンも消化済み。
空きっ腹を抱えたまま電車に揺られるのは辛いものがある。
コンビニで夜食を買うまで帰れない。

下向きの溜息で怠い気持ちを追い出すと、二つ結びの髪が肩で揺れた。
首に当たるシュシュがくすぐったい。
落ちかけた眼鏡を指先で直して、小鳩は自動ドアを潜った。


大きな噴水の前を緩い速度で回るバスの群れ。
立ち並ぶビジネスビルやリゾートホテル。
仕事も遊びも揃った場所、夜を歩く人々は途切れない。

塾は駅前、駅ビル内も賑やかなので痴漢や誘拐犯も出まい。
ただ、一ヶ所だけ人気の無い地点も存在する。
コンビニ袋を提げた小鳩も此処だけは足が重くなったものだ。
通るのが怖かったのは、少し前までの話。

今ではすっかり塾帰りの楽しみ。
一歩ごとに近付く、ギターの旋律とハスキーボイス。


足を止める数人に囲まれ、歌声の主はステージの女王として立っていた。

奇妙な事に、夜だと云うのに流線型のサングラス。
鼻筋が通って唇は薄く、黒いレンズで隠されてもシャープな面差しが判る。
小鳩より年上には違いなくとも若い女だった。


アコースティックギターを掻き鳴らす骨張った長い指。
真っ直ぐに伸びた黒髪、毛先を胸元で躍らせながら活き活きと。

芯がありながらも囁くように優しいAメロ、Bメロ。
一転するサビは叫びに近い激しさ。
しかしながら、少しも不快に尖っていないのだ。

正面から歌声を浴びると、耳どころか胸を突き抜ける錯覚。
それが小鳩にとって何より血が沸き立たせる。
素直に沁み込む捻くれた歌詞。
キラキラした後味を残して、間奏で甘い余韻に浸らせる。


駅の西口にある一角は、路上ライブの為に設けられたスペースとなっている。
登録さえすれば誰でも朝から夜まで一定時間借りる事が出来た。

シャボン玉ショーやジャグリング、ダンスの集団。
特にストリートミュージシャンの大事な活動場所となっていた。
事実、地元出身のグループが幾つかデビューしている。

しかし、此の時間帯は不審者や質が悪い者も混じっていた。
一ヶ月ほど前、小鳩に絡んできた男もその類。

派手な色の髪に着崩したスーツ姿。
いつからか壁に凭れて座り込み、延々と歌なのか独り言なのか蚊の鳴く声。
「ホストのよう」が褒め言葉だったのは一昔の話。
賎業のイメージが強くなった今時、蔑称以外の何物でもない。

それまで見ないふりで素通りしていたが、此の日は違った。
ナンパやキャッチ商法のよくある手。
碌に面識もないのに、突然アドレスを書いた紙を押し付けてきたのだ。

そうして動けない小鳩を助けてくれたのが、ギターの彼女。


「こんばんは。」
「ええ、それと……いつもありがとう、小鳩ちゃん。」

一曲終わり、やっと言葉を交わして繋がりが生まれる。
話す時は歌よりも心地良い低音。
サングラスの目は見えないが、きっと笑っているのだろう。

下ろしたギターをケースに仕舞い込むと、近くのベンチまで移動する。
座り込んだ隣に並んで腰を下ろした。
小鳩がコンビニ袋を差し出せば、此処で休憩。
今夜の夜食はペットボトルのお茶とおにぎり、二人分。


助けてもらってから数日後、お礼を持って頭を下げに行った。
以来、夜食を共にする習慣は何となく続いている。
おにぎりに食い付くと、空っぽの身体に米の味が沁みた。

「今年は涼しくなるの早いね……」
「そうですね、路上ライブって冷えません?」
「ギターさえあるなら私は何処でも歌うよ……、雨でも雪でも。」
「ん、わたしも温かい物持ってツグミさんの歌聴きに行きますから。」

彼女が名乗ったのは「クロツグミ」。
音楽活動をする時だけの呼び方で、本名は小鳩も知らなかった。

黒鶫と云う鳥は雄だけが黒く、そして繁殖期に美しく囀る。
真っ黒な髪に、綺麗な声。
何処となく中性的な印象を受ける彼女は、確かに其方を連想させた。


女子高生に食べ物を貢がせているほど金に困っている訳ではない。
昼は学生、夕方にバイトを経て歌いに来ているそうだ。
それに最初の一回以外、対価なら貰っている。
ただし、それは金銭よりも小鳩にとって値打ちがあった。

「今日は何が良い?」

ペットボトルを傾けて喉を潤し、ツグミが問い掛ける。
食べ終わったら特別ステージ。
小鳩の為に好きな曲を一つ弾き語りしてくれた。

此のギターと声を一時でも独占出来る特権。
そう思うたび、小鳩の胸に星が瞬くような感覚が起きる。


言い表すならば、「一目惚れ」と口にしても良い。
恋に落ちるが如くファンになった。

歌が好き、夜食が美味しい、話すと楽しい。

それだけで充分過ぎると満足していた筈なのに欲は出てくる。
ツグミの目許を頑なに覆っている黒いサングラス。
未だに見せない素顔が気になっていた。
格好つけたいだけなのか、それとも自信が無いのか。

隠すからこそ価値が出てしまう。
知らないからこそ、知りたいと思う。

ただの好奇心なのか分からないまま、今も小鳩の中で息衝く事。



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2014.09.20