林檎に牙を:全5種類
夕立が過ぎ去れば、重い腰で居座っていた雲も消えたようだ。
雨を浴びてしっとり濡れた街に夜が来た。
凛と冷えた空気は光を鮮やかにする。
足元を照らす街頭に、見上げれば大きく膨らんだ月。

それから、散らばった光の粒も。


自宅の部屋を出て数分、少し離れて見ればマンションの高さが判る。
小さな店や田畑ばかりの中で最も夜空に聳える建物。

激しい雨の直後は川も荒れ気味だった。
こんなに暗くても、耳を澄ませば近くで濁流の音。
小さな橋を渡る靴音は二つ。
部屋着にジャケットを羽織った和磨と一ノ助。

ほとんどの家が寝静まった丑三つ時。
寝付けないのでこっそりと寝床を抜け出し、ちょっとそこまで。
近所にあるコンビニまでの散歩は妙に楽しい気分になる。


「イノ君何買うの?僕は漫画と……、シュークリーム食べたい。」
「おにぎり。腹減って朝まで寝らんねェや。」

夜の静寂も心地良いので道中は無言続き。
時折会話を交わすものの、冷えた風に浚われては掻き消える。
乱れそうになった癖毛を和磨が手櫛で治す。
欠伸する一ノ助に釣られて、思わず緑の瞳も少し上を向いた。

澄んだ夜空一杯に無数の星。
灯りの疎らな田舎道だからこそ、此処は一粒ずつ煌めく。

ああ、やはり見るんじゃなかった。
感受性豊かならば空想的で甘い気分になる筈の光景。
充分に持ち合わせている和磨が、今は少しだけ表情を強張らせた。
身震いしたのは寒さの所為じゃない、そうじゃない。


世間には、恐怖症と云うものは山のようにある。

有名どころで例を挙げれば高所恐怖症。
和磨も当て嵌まるので、遊園地では絶叫マシンに乗れない。
マンションの住居が2階でまだ良かった。
余程の用が無い限り、屋上なんてあまり近寄りたくないと思う。

高所なら同士も居るものの、他人に理解され難い恐怖症もある。
もう一つ、昔から苦手なもの。
頭上の星空こそ、和磨が苦々しい顔をする原因。

空や宇宙にはさっぱり興味が無い。
つい最近、そう口にしたのは実のところ強がり。


「うちの家族とキャンプ行った時、夜はテントから出て来なかったもんなァ。」

付き合いが長いので、一ノ助もよく知っている。
紅玉街は少し車を飛ばしただけで山の中。
灯りが遠ざかれば日暮れの空は真っ暗、星も強くなる。

泣き叫ぶほどではないが、幼い頃はよく夜の外出を渋ったものだ。
寧ろ、何もないただの暗闇の方が安心するくらい。
今でこそ嬉々として家を抜け出せるので、治ってきているものの。
星空を見上げていると恐怖心が背筋を撫でる。


大人に近付くにつれ、理論として説明しようと頭を捻る事も時々ある。
だとしたら、何かトラウマでも抱えてやしないか。
和磨本人も気づかぬうちに根深く。

「絵本かもねぇ……」

死んだ人間は星になる。
思い当たるとしたら、物心ついた頃に出逢った本の存在。

既にタイトルも絵も頭から消え去ってしまっていた。
記憶の中でページを捲れば、たった一文。
若かった母が読み聞かせてくれた声だけを残して。


だとすれば今、夜を覆っているのは墓場なのだろう。

生きている限り逃れられない、死の象徴。
顔も名前も失われた幾億もの魂。
地上を見守ると云うよりも和磨は磔刑に近いものを感じた。
永久に晒され続ける、息絶えた光。


「前見て歩けよズマ、危ねェだろ。」

別の意味で、星に魅入られていたのかもしれない。
一ノ助に腕を引かれて我に返る。

こんな事を考えてしまう辺り、感傷的にも程がある。
思春期らしいとも言えるだろうけど。
打ち払って視線を戻せば、コンビニはもうすぐそこ。

「俺も星とか興味ねェけどな、ラブホの灯りの方がよっぽど目につくしよ。」
「あぁ、隣街からでも見えるもんねぇ……」

夜の片隅に毒々しいピンクで輝く、ホテルの名前。

あまりにも立派な高層ビルは田畑ばかりの光景に不似合いだった。
どんな闇夜でも変わらず眩しいくらい。
そうして光に誘われた蛾のように、男女が集う。


何となく可笑しくて、やっと少しだけ口許が綻んだ。
馬鹿馬鹿しいかもしれないけれど。

一ノ助と居る時に真剣な話なんて成立した例が無い。
それで良いのだ、きっと。
だからこそ、こうして夜道も共に歩ける仲。


眠らないコンビニに一時避難。
たった30分足らずの外出が退屈な夜を変える。
朝には瞼が重くても自己責任、今が愉しければ構わなかった。
死んで、生き返って、巡る日々。



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2014.09.28