林檎に牙を:全5種類
専門学校の乾学園も制服はある。
通常の登校は私服だが、式典など改まった場のみ着用する物。

就職活動にも使えるスーツなのだが、形はとてもシンプル。
退屈な紺色のジャケットに、パンツかタイトスカート。
通学用でなくて良かったと大抵の学生は思う。
華々しい青春時代、こんな地味な格好で毎日を過ごすのは耐え難い。


「動きにくいからスーツ苦手なんですよね。」
「そんな台詞言えるほど着てないくせに……、学生だろお前。」

とは云え、たまに袖を通すと引き締まって見えた。
事実、いつも眠そうな遼二も今は少し大人びた印象になる。
若造が一丁前に溜息を吐く様が可笑しい。
小馬鹿にするつもりはないが、拓真は思わず口元が緩んだ。


時は、学園祭まで約一ヶ月前の午後。

毎年、10月は祭りの宣伝から始まる。
ポスターを数枚渡された学生達があちこち地域別に向かう。
駅や店に貼らせて貰う際、制服は身分証明。
入学以来、クローゼットに仕舞い込んでいた一年生は慌てたものだ。
早速ネクタイを紛失してしまった者も居たくらい。

そうして遼二も手持ちのポスターを捌き切り、早めの放課後。
直帰して良い事になっているが、終業の拓真も呼び出されて今に至る。


学校からも紅玉駅からも離れた喫茶店。
知り合いに遭遇する可能性は低く、誰も二人を助講師と生徒とは思うまい。
どんな関係に見えるとするなら。

「何だよ早未、俺もスーツ着て来いって……」
「リーマンごっこです。」

前日に遼二から命じられて拓真もスーツ姿。
尤も此方は自前の物で、落ち着いたチャコールグレイ。

どうせ実習でコックコートに着替えるので普段の通勤は私服。
確かに、今日はデスクワークのみの日なので構わないが。
着慣れていないのは拓真も同じ。
無遠慮な生徒達に「どうしたの?」と朝から質問攻めにされた。

頑丈な筋肉質の体型なので、スーツ探しには苦労したものである。
既製品では特にジャケットの腕がきつい。
あの時は大きいサイズの店を回り、やっと丁度良い物を見つけた。


しかし考えてみれば感慨深い。
ボクサーを辞めた時、スーツで通勤する職種も選べた筈なのだ。
真っ直ぐに製菓の道を選んだのは正解だったろうか。

助講師にならなければ、遼二の表の顔しか知らないままだった。
ましてや、こうして交際するなど。


「此処はホットケーキ無いんですよね、残念です。」
「子供か。」

口に出そうと出さずとも、拓真の感傷は伝わらず途中で打ち消える。
メニューを睨む遼二は恨みがましく呟くだけ。

カップのコーヒーに砂糖とミルクを入れる辺りもまだ青い。
もうすっかり熱い方が美味しい季節。
息を吹きかけて冷ましながらも、たちまち遼二の眼鏡が曇る。

真っ白な視界では何も見えやしない。
カップを置くと、面倒そうに外してジャケットの袖で拭く。
無精で済ませてしまうのも遼二らしい癖。
ハンカチだって持っているだろうに、取り出す手間を惜しむ。


拓真もコーヒーを一口、ブラックが深く香り立つ。
戯れに付き合うのも悪くないと思う。

学校では飽くまでも助講師と生徒。
こうして呼ばれなければ共に過ごさないまま今日が終わっていたのだ。
別にスーツ姿を眺めて悦ぶ趣味は無いが、貴重な顔が見られた。
それだけで満足しないとやっていけない。


いつも襟の緩い服ばかりなので、何となく息苦しいのだろう。
遼二が軽い咳でネクタイを弛ませた。
元から結び方も甘く、どうやら慣れてないと見える。

「ええ、中高共に学ランだったので。」
「リーマンごっこするんだろ、最後までなりきれよ……」

ポスターを全て貼った時点で任務終了。
長時間に渡って堅い格好をしていた疲れが出てきたらしい。
もはやネクタイなんて首からぶら下がっているだけ。
締め直したら背筋も伸びるだろうか、そんな事を考えていると。


いつの間にか忍び寄った遼二の指。
テーブルに置かれたままだった無骨な手を絡め取って。

「じゃあ……、保志さんが解いて、遊び終わりにします?」

ネクタイに触れさせながら、拓真にしか聞こえない声。
吐息を潜めて艶っぽく。
レンズ越しに向けられる黒々した瞳に、射抜かれた錯覚。


「此の後、どうしましょうか?」

コーヒーの香る唇を三日月に歪めて、遼二が問う。
どうせ彼の望むように事は進むのに。
拓真からも言わせたいのだ、求める台詞を。

どんな返事なら満足するんだか。
残りのコーヒーを飲み干したのは、灯った熱を隠す為。



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


小説(BL) ブログランキングへ

スポンサーサイト

2014.10.01