林檎に牙を:全5種類
何処の学校にも、生徒から人気の高い先生は一人くらい居るものである。
王林中学校の場合は英語教師の黒巣直穀が挙げられるだろう。
進之介達のクラスである2-4を担任。

学校で一番の長身の上、まだ30歳になったばかりなので若い。
それだけでなく一目見れば独特の雰囲気が伝わる。
くっきりした目許に鷲鼻気味の彫りが深い顔。
いつも適当に纏めた髪に無精髭でも、妙に似合ってしまう。

見栄えのする黒巣は注目を集めるには充分。
周囲が田畑ばかりの学校で少々不釣り合いにも思えるほど。



「黒巣先生って、前からあんなにモテてんの?」

転校してきた進之介は同級生の皆よりも面識が浅い。
ふと気になって軽く訊いてみた。
竹箒を手にして校舎の外れ、中庭掃除での事。

授業終了後、さっさと帰宅したいところだが最後の労働が残っている。
今週は野外の当番なので教室と比べれば割りと気楽だった。
体育館と道場の間、小さな池のある中庭は庭木も雑草も放ったらかし。
あまり足を踏み入れる者も居らず適当で問題無い。

花盛りの金木犀で、周囲からは甘ったるい空気が絡んでくる。
見上げてみれば空は寒々しい曇天。
風が冷えてきた秋、一層侘しい気持ちになってきた。


「まぁ、そうなのよね……、何でかしらね?」
「クロさんかっわいいからね!」

先程の問い掛けに対して、女子の意見は真っ二つ。
微妙に眉根を寄せる鈴華と縦に頷く都来。
何故こうも差が出るのやら。
二人とも、教師になる前から黒巣の事を知っているらしい。
以前、軽く訊いただけの話なので詳しくは不明でも。

鈴華の反応も何だか意味深だが、豪語する都来の方に面喰ってしまった。
女子が口にする「可愛い」は幅が広すぎるのだ。
進之介も男子にしては可愛い物好きだからこそ感覚の違いを痛感する。
大柄で髭面の男性をカテゴライズする度量は無い。


「あの先生、本当に純日本人?僕より外人ぽくない?」

さて、可愛い物好きの男子は此処にもう一人。
竹箒すら手放して、掃除は進之介以上に手を抜いてしまっている。
芽吹いたコスモスを弄りながら和磨が会話に加わった。

「そうね……、巽君、顔薄いものね。」
「僕は顔立ちが甘いんだよ!」
「対抗するなら、白ランとか着たらキャラ濃くなるんじゃないの?」
「あぁっ、花住坂さんまで!てゆか、僕は薄くないってば……!」

二人掛かりで立て続けに言われて和磨が泣きそうになる。
悪意が無くても、ナルシストにとっては刺されたような痛手らしい。
思わず進之介が噴き出したのは内緒。

日本人離れして整った顔立ちに長身。
そこは確かに共通していても、黒巣と和磨では毛色がまるで違う。

そもそも美とは決まった形が無い。
精悍な黒巣に対して、色素の薄い和磨は優しい雰囲気を持つ。
飽くまでも見せかけだけの話だが。
実際はふわふわどころか、飄々として掴み所が無い。



「……くっちゃべってねェで掃除しろ、お前ェら。」

噂をすれば影。
振り向くまでもなく、現れたのは黒巣本人。

四人とも背を向けていたので気付かなかったが、圧倒的な存在感。
決して大きな声でないが、錆を含んだ低音は耳に通る。
大抵は眉間に皺が寄ったような表情、仄かに纏う煙草の匂い。
実年齢よりも渋味を感じさせる要因。


叱られたからには気を引き締めて取り掛からねば。
しかし、何とも良いタイミングか。

薄暗かった空の湿度は臨界点、とうとう雨が降り出した。

「あら、残念だったわね。」
「ンな事思ってねェくせに……、まァ良い、教室戻るぞ。」

間髪入れずに鈴華が呟けば、黒巣の気怠げな口調に溜息が混じる。
大粒に打たれながらでは掃除は続行不能。
チャイムまでは少しばかり早いが、校舎に引っ込む時間。

渡り廊下まで避難すると、黒巣の引率でぞろぞろと四人の列が出来る。
帰宅時には更に強まってやしないかと雨の心配をしながら。
それにしても、わざわざ小言の為に出向かれるとは。
掃除に手を抜きすぎただろうか。

「金木犀がボロボロ落ちたまんまだったろ、毎日。」
「そこは謝るけど、良い匂いじゃんよ。」
「俺みたいにあの匂い駄目な奴だって居ンだよ……、頭痛してくる。」
「えっ、ごめん!クロさん頭大丈夫?」

勢い余って都来が心配の言葉を滑らせてしまう。
その瞬間、鈴華が盛大に噴き出した声を進之介は確かに聞いた。
崩れなかった涼しい表情を掌で顔を覆い、震えている。

校舎から外れにあるので近寄らなければ良いが、そう云う訳にもいかず。
中庭の向こうは柔道部と剣道部が使っている道場。
黒巣が顧問を受け持つのは剣道部なのだ。
辛いのは今だけでも、否が応でも放課後は通り過ぎねばならない。


「あぁ、建石さんって笑うんだね……僕、初めて見た。」
「人間じゃないみたいに言うなよ、おい。」
「てゆか、昕守君!さっき僕の事も笑ったよね?!」
「さっき?あぁ、顔薄いの辺りな……、やっぱり聞こえてたんか。」

追い打ちになってしまったが、和磨が怒っても怖くない。
ただ面倒くさい事になるだけ。
扱いも分かってきたので、適当にあしらって終わらせれば良いか。

「何だよ、言い返すか?別に男だし、俺は顔がどうこう言われたって……」
「いや、そんな事しないよ?僕、昕守君は割と可愛い顔してると思ってるし。」

かと思えば返事は予想外。

嘘でも冗談でもなく、至って真っ直ぐに和磨が言う。
いっそ軽く喧嘩になった方が気楽だったのに。


「はぁ……、どうも。」

嬉しかった訳ではない、断じて違う。
和磨が口にする「可愛い」だって軽すぎて信用なるものか。
何だか居心地が悪くなった進之介は窓を向いた。

此処からでは遠い橙色の花も、雨で冷たくなってしまった頃。
こんな複雑な気分までは洗い流してくれないままで。



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2014.10.10