林檎に牙を:全5種類
小銭を握り締めた子供達で賑わう駄菓子屋は安堵する匂いに包まれていた。
懐かしいような、温かいような。
狭い店内はごちゃごちゃしたお菓子や玩具でいっぱい。
ガラス越しに鮮烈な夕陽を浴びて、もう眩しいくらいの宝箱。

そんな昭和の匂い立つノスタルジーには場違いかもしれない。
靴音二つ、気怠げなゴーストと不機嫌な魔女が現れた。

「好きなの買ってあげるって言ってるのに、何で不機嫌?」
「夕海に言っても分かんないわよ、どうせ。」

何処かのんびりと夕海が首を傾げると、桐乃は頬を膨らませた。
高校生にもなって飴玉ぐらいじゃ喜べない。
来たくて来た訳ではないのだ、別に。



一年のうちに数あるイベント事に託けて、世の恋人達は戯れて睦み合う。
日本に浸透してきたハロウィンもその一つ。
お菓子に悪戯、甘く過ごすには絶好の機会である。

桐乃だって密かに指折り数えては胸を高鳴らせていた。
ハロウィンに始まって、クリスマス、お正月にバレンタインデー。
肌寒い季節の方がイベントが多い。
遠出のデートは重ねたが、彼女同士になって初めての祭典。
少しくらい特別な事を期待したって良いだろう。

制服を脱ぎ捨てた桐乃は魔女になったつもりで黒いワンピース。
深い闇色に真っ白なフリルが愛らしくて、店で一目惚れした物である。
放っておくと跳ねる癖っ毛も直して三角帽子。
釣り気味の目を甘い予感で光らせ、お洒落して夕海の下へ。

「Trick or Treat!」

そう唱えて夕海にじゃれ付いたら、「うん」と頷いて手を引かれた。
外へ連れ出されたと思えば行き先は近所の駄菓子屋。
桐乃の落胆がお分かりいただけただろうか。

意図は伝わらず空回り。
本当に欲しかったのはお菓子じゃないのに。


夕海の小柄な身体には大きすぎる白いパーカー。
フードを被ればゴーストを思わせるが、当人にそのつもりなど無し。
草臥れたジーンズにスニーカーで普段通りの恰好だった。
ぼんやり潤んだ黒目の無表情は考えが読めない。
ショートカットが子供っぽく、桐乃と同年代に見えても成人。

「このアニメ、幼稚園の時に好きだったなー……」
「わたしは観てないわよ、まだ生まれてなかったもん。」

色褪せた古いポスターで華やぐ壁。
そのうちの一枚を懐かしむ夕海に、桐乃が刺々しく返す。

5歳違いで時代や価値観が大違い。
棘に対して怒りもせず、ハロウィンで騒ぐほどでもないのか。
夕海が見せる年上の余裕が時々憎たらしくなる。


「うん、ごめんね。キリを怒らせるつもりなかったんだけど。」
「怒ってないわ、機嫌悪いだけ。」
「可愛い格好してるから、少し一緒に出掛けたくなって。」
「だったら、もっと良い所に連れてってよ……」

そう呟きつつも、頑なになっていた桐乃の気持ちは解けつつあった。
恋人から贈られる「可愛い」の言葉は特効薬。

短気な桐乃にとって、和やかな空気を作り出す夕海は貴重な存在。
けれど女同士では恋人と友達の境界線が曖昧。
交際しているのか、ただ同情で合わせているのか判らない時もある。
恋愛経験がゼロの子供ならば尚更。


「好きなの買ってあげるから、家でお菓子パーティしよう?」
「もう良いよ、何でも……」

子供達からは見えない角度で冷たい指を絡め、夕海が真っ直ぐ視線で射る。
否応無しにその眼が桐乃の不満を溶かしてしまう。
思い描いていた形と少しばかり違うが、遠回りして落ち着いた。

一緒に過ごしてくれるなら、もう良い。

まだ残った不満はお菓子で帳消しにしてもらおう。
奢りなら遠慮する必要も無し。
砂糖菓子にスナック、此処には山ほどあるのだ。
パーティだったら欲張らねば楽しくない。



「チョコに、ラムネに……、こんだけあると袋重いな。」
「何よ、好きなの買って良いんでしょ?」

とうとう夕陽は沈んで薄暗くなった青紫の空。
膨らんだ袋を抱えて、帰り道は灯りに二つの影が伸びる。

此れだけ買い込めば、流石に財布も痛いだろうに。
避難でも文句でもない。
改めて戦利品を探る夕海は関心した口振り。
桐乃が我が儘な言動をしても多少は受け入れる、そう云う者だ。

だからこそ、桐乃は今日のように試してしまう事がある。
度が過ぎて呆れられるのも恐れているくせに。


「キリ、左手くれる?」

不意に、夕海が此方を向いた。
立ち込めた薄闇で表情は読み難く、視線は繋がらない。
ただ声だけが何処か強い響きで。

"貸して"ではなく、その物言いは如何なのだろうか。
眉根を寄せつつも素直に差し出してみれば。
恭しく取られた桐乃の華奢な左手。
体温が低い夕海の冷たい肌触りに、見えないだけ背筋は震える。

「えっ?」

そうして薬指を選んで大きな塊の付いた輪を嵌められた。
曖昧ながら判る輪郭は、指輪。


「キャンディだけどね、今はそれで我慢してよ。」
「今は、て…………」

ゴーストが飽くまでも真っ直ぐ言えば、魔女は人知れず頬を染めた。
高校生にもなって飴玉ぐらいじゃ喜べない。
欲しいなんて考えた事すら無かったのに、別に。


*end



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 百合小説へ
にほんブログ村


スポンサーサイト

2014.10.21