林檎に牙を:全5種類
弁当を終えて事務室から出ても、まだ昼休みの途中。
食後のコーヒーが欲しくなった拓真は緩やかな足取りで自販機へ向かう。
欠伸をすれば涼やかで乾いた空気。
喉には少し痛いくらいで、軽く咳をした。

今日は事務室でデスクワーク詰めだったので、解放された気分。
秋晴れの空も高く澄み切った青が心地良い。


10月31日が金曜日の今年、学校が終われば月曜日まで三連休。
擦れ違う生徒達も何処となく愉しげだった。
学園祭が近いばかりでもない。
浮かれている理由は、挙げるとするならもう一つ。

校内のあちこちにオレンジ色。
お祭りは形から、大きな口で笑うカボチャの飾り付け。

製菓業界はイベント事に対して敏感。
クリスマスに苺のショートケーキ、バレンタインデーはチョコレート。
ゆっくりと日本に定着してきたハロウィンもカボチャのお菓子。
先日の実習にもパンプキンパイを焼いた。
冷蔵庫で眠らせておいたお陰で当日まで美味しく頂ける。

駅やショッピングモールでもお化けとお菓子でいっぱいになる。
便乗でセールなども実施して賑やか。
何処に寄り道しようかと、生徒達は放課後が待ち遠しいのだろう。


「クマちゃん!Trick or Treat!」

実習がない日でも、校内を歩き回っていれば女子に捕まる事もある。
曰く、からかって遊ぶには最適らしい。
玩具にされる拓真からすれば困りつつも諦めている現状。


それにしても、今日はぞろぞろと五人以上。
コックコートに着替える必要が無ければアクセサリーも髪型もお洒落は自由。
専門学校は私服、派手な女子が多いので尚更。
見比べれば、ハロウィンモチーフを取り入れた黒い服が目立つ。

「お前ら何する気だよ、悪戯って……」

お菓子か悪戯か、選択を迫る台詞からして物騒。
魔女の大群に取り囲まれた心情。

「ヒゲ毟る!」
「おっぱい揉む!」
「クマ耳付けてもらおうかな、雑貨屋で買ってきた!」

本当にやりそうだから怖い。
どちらを選んだとしても彼女達の勝ち。

実習で毎回大量に甘い物を持ち帰ると云うのに、まだ欲しいのか。
時間からして、昼食だって済んだ後だろうに。
強欲ぶりには恐れ入ってしまう。
そこまで飢えている訳でなく、お祭りを愉しみたいだけだろうけれど。


しかし、拓真だって此処に勤めてから数年経過。
ほぼ毎年の攻防なので慣れている。
引き取らせる手段なら用意してあるのだ、きちんと。

「ほら、一個ずつだからな?」

乾燥する季節には喉を癒す飴が嬉しい。
小袋に包まれた蜂蜜の粒を配ると、魔女達は大人しく一列に。
お菓子で大喜びする年頃でもないが今日は特別。
凶暴な悪戯を引っ込めて、礼を口々に手を振って退散して行った。


「……アンタ、毎年こんな事やってんですか?」
「見てたのかよ……」

やたらと冷静な男子の声に、肩を叩かれた。
誰が通ってもおかしくない廊下。
背後にも生徒が居る気はしていたのだ、それが誰なのかも。

自販機からの帰り道なのだろう。
微糖のコーヒー缶を片手に、佇んでいたのは遼二。


学校では助講師と生徒、必要以上の接触は一切しない。
それは性別よりも立場を弁えての事だった。
誰も想像つかなくても、恋人と知られる訳にはいかないのだ。
故に、会話するだけでも何となく人目に付きにくい方向へ移動して。

拓真が女子に絡まれていても助けない、妬いてもくれやしない。
どうあっても変わらない遼二の対応も悩みどころでも。

「ハロウィンですからね、僕もお菓子あげますよ。」
「おぉ……、そりゃどうも……」

拓真が歯切れの悪い返事をしてしまったのも仕方なし。
遼二から飴を差し出されたのは全くの意外。
意地悪が基本なので、親切となると何だか珍しく感じてしまう。
こんな小さな物だろうと不意を突かれた。

折角だからと拓真は素直に受け取っておいた。
早速袋を破ると、コーヒーが待ち切れずに寂しかった舌で転がす。
お菓子が悪戯だった訳でもあらず、普通のオレンジ。

苦味を求めて出歩いていたが、此れでも良いか。
甘酸っぱい果実が沁みる。


此方からも蜂蜜味を返そうと思ったが、ふと拓真の手が止まる。
まだ残り半日、誰と出くわすともしれないのだ。
先程のように団体が押しかけて来たら足りなくなるかもしれない。

なんて危惧してみたのもほんの一瞬だけ。
幾ら何でも飴玉を惜しむなんて情けない真似はしない、なのに。


「……今は、こっちで良いです。」

蜂蜜は要らないと制せられる手。
遼二が望んだのは思いも寄らない物だった。

突然、拓真の口元に押し込まれた親指。
守りが緩くなっていた場所は易々と侵入を果たされる。
声を上げそうになろうと舌を押されて封じられて。
あまりにも不意を突かれた展開。

呑み込みそうになった飴玉は、指先に捕らわれた。
「返せ」とでも言いたいのだろうか。
引き抜かれた時、食べ掛けの贈り物も一緒に盗んでいった。

そうして唾液で艶々と光を持ったオレンジ。
遼二は小さく覗かせた舌を絡め、何の躊躇いも無く頬張った。

三つ数える間に終わったであろう、奪還の一幕。


「…………ッ、何すんだよ早未!」
「お菓子交換は改めて今夜やりましょう、もっと良い物で。」
「それよか、食いかけって……、汚いんじゃ……」
「別に?」

飴玉で終わらせてしまうのはつまらない、と云う訳か。
拓真だってそんなつもり無かったのに。

だとしても、もっと他に方法もあったろうに。
否、きっと「学校で口移しは駄目でしょう?」と返されるだけ。
甘い唾液で指を汚している今の方が、ある意味よっぽどいやらしい。
誰かに見られたら不味いくせに。


「…………変っ態……」
「誰の事ですか?」

あんな事をしておいて涼しい面差し。
白々しく遼二が首を傾げれば、微かにオレンジが香る。
ほんの少し前まで拓真の物だったのに。

今更、コーヒーを飲んだって喉の奥に居座るであろう甘味。
オレンジのゴーストはただ夜を待つ。



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2014.10.31