林檎に牙を:全5種類
王林中学校から橋を渡って徒歩数分、寄り道の距離にパン屋がある。
周辺は田畑に古い家ばかり並んで少々寂れた印象。
故に閑古鳥の鳴いてそうな先入観を抱くが、此処に関しては例外。
朝昼夕、店内は決まった時間帯に若い客で賑わう。

すぐ隣が北園家政大学、同じ敷地内に付属高校と幼稚園。
何しろ食べ盛りの学生達が毎日やって来るのだ。
パンなんて幾らあっても、並べた傍から次々に消えていく。

そう云う訳で、夕方頃になると追加の焼ける良い匂いが漂い出す。
コンビニも遠いので空きっ腹には逆らい難い誘惑。


「熱ッ!……腹減ってんのにすぐ食えねェって辛い。」
「カレーで火傷すると長引きますからね、気を付けて……」

同年代の中では比較的によく食べる二人も常連。
揚げ立てのカレーパンはまだ中身が煮え滾りそうな高温。
早く食べたくても、一ノ助は息を吹きかけながら冷ます他になかった。

真剣な顔で唇を尖らせているのが可笑しくて直視出来そうもない。
飽くまで平静に忠告した後、遼二は密かに肩を震わせる。
手には網目模様のメロンパン。
深呼吸一つで落ち着いた後、悠々と頬張った。


放課後を迎えた今、大半が隣の学生ばかりになる店内。
黒が基調の王林中学校と違い、あちらの高校は上品なグレーの上着。
服飾も学ぶだけに制服が洒落ている事で有名だった。

フードコートに居座る学ラン姿は一ノ助と遼二だけ。
此処からは店内がよく見渡せる。
まだ少し幼さを残す漆黒に、一歩大人びた薄墨色の群れ。
それから、私服の若者はほとんどが大学生。

「なァ、何で大学生って青いシャツ好きなんかねェ。」
「どうだか、制服なんじゃないですか?」

ぼんやりとパンを齧っていると、いつの間にか人間観察の視点。
そうして眺めていたら、ふと気付いた。
男子はデニム地か似たような色をしたチェック柄のシャツが非常に多い。
それ以外の服装が希少と云う状況なのだから笑える。


「俺も着る事になるかもしんねェけど、4年後まで流行ってンのかねェ?」

ふとした呟きに、遼二が思わず視線を釣られた。
当の一ノ助は至って平然とした横顔。
突拍子もない言動はいつもの事だが、今度ばかりは耳を疑った。

「大学行く気あったんですね……」
「まァなァ……俺、保育士の資格欲しいし。」

初耳だったが、確かにこうした話をするのは初めて。
進路とか将来とか。
思わぬ展開ではあるが、遼二は黙って聞く事にした。


大河家はマンションを経営しているので将来的には長男の一ノ助が継ぐ。
昔から簡単な手伝いもしており、一通りの業務なら分かっている。
子供に懐かれる質で扱いも上手い為、キッズルームで手助けに行く事も多い。
そうした理由で古参の住人達から信頼されている。

ただ、親が隠居するまでは社会に出なければならない。
管理人自体は資格不要なので得意分野を伸ばす事にしたのだ。

北園家政大学は主に三つ分けて、服飾、保育、栄養学。
偏差値もあまり高くないので今から努力すれば無理な話でもない。
勉強が嫌いでも目的を持ったからには頑張らないと。
保育士経験があれば、キッズルームも更に充実するだろうし。


「そう云えば……、大河と真面目な話したのって初めてじゃないですか?」
「だよなァ、りょんとは大体食い物の話ばっかだし。」

現に、今だってパンを片手に。
無料のお茶を啜ってから遼二は溜息を吐いた。
いつも気楽で大雑把な一ノ助でも、決して無責任ではないのだ。
先の事なんて見えてない遼二からすれば耳が痛い。

家業と云えば早未家は歯科医だが、絶対に願い下げである。
甘い物を毒だと教える人にはなりたくない。

それに、遼二は家庭を持たず生涯を終えるだろうと思っていた。
一人で生きて行くなら、せめて安定した道を選ばなくてはならないのに。
だからこそ将来を考えると苦い気持ちになってしまう。

それは、両親の離婚だけが理由ではなくて。


「……それより、もっと身近な進路の事を見つめましょうよ。」
「そうだったな……、その前に高校行かねェと。」

全く見えない先を見つめるのも一種の現実逃避。
受験生の二人は苦笑いを交わした。
もう中学三年生の秋、帰宅したら否応なく勉強が待っている。

赤点が多い一ノ助と、居眠りばかりで授業態度の悪い遼二。
同じ三流高校に進む事は決まったようなものだった。
夏に見学へ行った時も、それほど不味い印象ではなかったし。
受け入れ先があるだけありがたい。

一度繋がった道は、まだ分かたれずに続きそうだ。


青いシャツの一ノ助を頭の中で描いてみた。
その頃の遼二は如何なっているだろうと、思いを馳せる。

今、周囲の誰彼それぞれに隠している様々な感情。
消える事は無くても穏やかに。
きっと変化していると願って、パンの欠片を口に押し込んだ。



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2014.11.05