林檎に牙を:全5種類
*性描写(♂←♂)

「りょんー、疲れたー。」
「……重いです。」

濡れたまま肩に圧し掛からないでほしい。
無遠慮に腕を回してくる一ノ助に対して、遼二は短い言葉に抗議を混めた。
シャツのボタンを留めながら、相変わらず表情を崩さないまま。

ただでさえプールの更衣室は湿度が高い。
塩素と汗の匂いが纏わりついて、少し息苦しいくらいだった。


受験生にも息抜きは必要、今週末は土曜日だけ二人で出掛ける事にした。
そうして市営の温水プールで一日を過ごした後。
肌寒い外と違って此処は常夏。
入場料から食べ物まで財布に優しいので、遊ぶには穴場。

濡れるので支度などが面倒だが、別に嫌いではないので遼二が付き合う形。
プールで大喜びするのは一ノ助の方である。
長年スイミングスクールに通っていただけあって、水に潜ると高揚するらしい。
それに、部活を引退してからエネルギーを発散する場が減っていたのだ。
鈍った身体を存分に動かせると昨日から楽しみにしていた。

途中で飽きた遼二はベンチで居眠りしていたが、それなりに充実していた。
二種類のウォータースライダーにはあまり並ばず済んだし。
焼きそばにフランクフルト、こう云うところでの昼食も味わいがある。


「いやー、俺、今日は来て良かったわァ……」
「……あぁ、女性が多かったから。」
「ったりめーじゃん!ビキニ最高!」
「分かりましたから。美人居ても、いちいち教えなくて良いから。」

ごった返す夏が過ぎても客は尽きる事が無い。
ダイエット目的なのか、今日は水着の女性が集団で混ざっていた。
確かに子供の方が圧倒的に多いものの、若い母親も付き物。
思春期には眼福だか目の毒だか。

一ノ助は良くも悪くも正直すぎる。
律儀にも肘で突いて知らせてくるので、遼二は呆れるやら辟易するやら。


下らない話をしている間にも着替えは進んでいく。
更衣室に何処となく籠っていた熱気が少し冷えた肌には丁度良い。
再び乾いた布に袖を通すと、蒸し暑くなるくらい。

「背中、まだ濡れてます。」

シャツを被ろうとする一ノ助を一旦だけ制する。
遼二が広い背中にタオルを掛ければ、たちまち雫を吸い込んだ。

こうして一緒に何度か来ているので、プールの後は癖が解かってきた。
大きな身体なので見えない部分まで手が回りにくい。
そうでなくても、一ノ助の性格からして適当になりがちなのだ。
遼二がタオルを貸すのは毎度のことになってきた。

「悪ィな」と言いつつも、そうして笑う一ノ助の表情は幼い。
此れではまるで母親に世話される子供である。

体質もあって、鍛えた分だけ筋肉で頑丈になった四肢。
中学生らしからぬ屈強さに似合わず、遼二よりずっと大きい癖に。
まだ中身が外見に追いついていない。

「りょんは髪濡れると別人だよなァ、ドライヤーしねェの?」
「別に、普段から放ったらかしですから。」

短い髪で筋骨隆々とした一ノ助に対し、柔らかい癖毛に未発達な細身の遼二。
鳥の巣頭も濡れてボリュームが落ちれば変身を遂げる。
穏やかそうな空気が消えて水が滴れば鋭利な印象。
涼しげで整った顔立ちだからこそ、今は妙に色香を持つ。

「お前、顔綺麗だもんな!」

深い意味もなく笑って、無造作に遼二の髪を掻き乱す大きな手。
今更纏まりが悪くなった所で構わないけれど。

近眼の遼二はプールに居る間、物をよく見ようとする度に顰め面。
どうせ曇ってしまうからと更衣室でも眼鏡は外したまま。
やっと掛けたと思えばレンズ越しに一ノ助を睨む。
少し乱暴に自分のバッグを掴んで、すぐに更衣室の出口を目指した。

「何だよ、りょん怒った?」
「……トイレ行きたいだけです。」




素っ気ない声なんていつもの事、弁解はあれだけで事足りる。
個室のドアを閉め切ったら遼二だけの空間。
置き去りにしてきた一ノ助には悪いが、あまり余裕が無いので勘弁してほしい。

不躾に触れてくるから困る、此方の気も知らないで。
否、知らなくて良いのだ。

トイレに行きたいと逃げた事に嘘は吐いていない。
着替えで素肌を見られても、此ればかりは見せられなかった。
先程穿いたばかりだったジーンズと下着を緩める。
世間一般からは隠さないといけない事。


下腹部に生硬い微熱。
件のタオルに顔を埋めて、目を閉じた。

同性に欲情する身はなんて厄介なのだろうか。



物心ついた時には自覚していたので認めざるを得なかった。
厭わしく思うほど心が弱くないが、ただ煩わしい。

まだ成長期、女子くらい華奢だったり綺麗な顔の男子も居る。
事実、遼二自身だって当て嵌まった。
それならよくある一過性の物だと言い訳出来るのに。

反応してしまうのは同性であっても似たような身体ではない。
自分よりも大きく強く、雄の匂いが強い男。

転校早々、そう云う類と仲良くなってしまったのは幸か不幸か。
一ノ助と居ると苛立つ事すらある。
髪や肌に平気で触れられると、悶々としてしまう。

更衣室で眼鏡を外していた本当の理由。
はっきり目にしてしまったら抑えが効かなくなりそうで。
一度発散させれば大人しくしている為、プールの前にも必ずトイレに寄る。
今日は二度目まで迎えてしまい、少し悔しい。


一人で出すだけなら声なんて殺すまでもないのにタオルを噛んだ。
生温いプールと汗ばんだ男の匂い、欲望に疚しさ。
嗅いだ傍から、水を浴びて冷えていた身体に熱が上がる。

擦り上げる手に収まらくなってきた腫れ物。
骨張った細い指には蜜が絡む。
耳を澄まさなければ聴こえない音ですら、今はやたらと耳に響く。
脈打つ感覚に呼吸が震える。

臨界点は近い。

「…………んぅ……ッ……」


タオルの轡を離せば、吸い切れなかった唾液の糸。
舌が渇いて仕方なかった。

白濁で穢れた指を舐めても、粘着いて呑み込みにくい。
喉の奥まで焦げ付く男の匂い。
アイスだジュースだと騒ぐ一ノ助を待たせているのだ。
早く戻って口直ししなくては。

指遊びの汗はタオルで拭い去って、バッグの底。
手を洗うついでに鏡と向き合った。
此処を出る頃、元通りの冷たい顔を保つ為に。


最後の瞬間、遼二は誰の名も呼ばない。
此れは恋じゃないのだと。



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2014.11.09