林檎に牙を:全5種類
王林中学校には視聴覚室が二つある。
尤も、ほとんど第一の方しか使われていないので存在感は薄いが。

PC室の隣、第一視聴覚室は近年改装されたばかりで綺麗に保たれている。
大きな画面に、学年中の生徒が座れる席数。
ただ、真っ白で寒々しい空間は何となく居心地の悪さすら感じた。

第二視聴覚室はと云えば、旧校舎最上階の突き当り。
此処一体は倉庫や空き教室ばかりで滅多に人が寄り付かない。
故に、怪談ブームの時は放課後の肝試しスポットにもなったものである。
それすら立ち消えた今となっては実に静か。

数十年前から時を止めた古い教室に、不似合いな薄型テレビとプレーヤー。
授業で時々DVD観賞する際くらいしか機能してないのに。
つい最近まで頑張っていたブラウン管テレビがとうとう引退したので仕方ない。

勝手にディスクを持ち寄って観賞会を始める生徒も稀に居そうだが。
此処の常連は、そう云う類ではなくて。


窓を向けば見晴らし上々、最上階の教室は夕陽を遮る物が無い。
放課後は古い空間を鮮やかな橙色に染める。
音一つ存在しない静寂だが、もうすぐ終わりを告げるようだ。

「……またお前ェか。」
「どうも、黒巣先生。」

がたがたの薄い扉がスライドして早々、低い溜息。
現れたのは眉間の皺を深くした黒巣だった。
我が物顔で寛ぐ遼二はお気に入りの席から軽く手を挙げる。
主の帰還にも動じず、去るつもりもなく。


第二視聴覚室を使う教科と云えば、ほとんど英語。
リスニングやレクリエーションの授業ではDVDを流す時もある。
そうして、いつの間にか担当の黒巣が管理を任されるようになっていた。
遼二からすれば誰が受け持っているかなんて如何でも良いが。

何故か生徒から人気のある黒巣は休まる場所が少ない。
好意も束を成せば時に迷惑。
こんな辺鄙な場所へ通う理由は、実のところ遼二と同じ。


「お前ェ、学校に煙草持ってくるとは良い度胸だな……」

目鼻立ちのはっきりした黒巣に睨まれると凄みが加わる。
見破られていては降参するしかあるまい。

携帯灰皿を突き付けられ、遼二は大人しくお菓子の缶を引っ繰り返した。
モノクロの可愛らしい入れ物に反して中身は吸殻。
煙草の箱やライターなんて持ってない。
ただ単に、咥えてぼんやりする為のアイテムである。

しかし、合法で吸える年齢の黒巣でも学校では苦労している。
嫌煙の時代では職員室で肩身が狭いらしい。

いつだったか、スケッチ中に校庭から見上げた時の事。
此処の窓辺で揺れていた紫煙を目撃した遼二は知っていた。
仄かに残っている匂いも。
授業以外で無人の第二視聴覚は、黒巣の喫煙所となっていたのだ。


大抵なら遼二は机に突っ伏して眠っているだけ。
今回、煙草が見つかってしまったのは油断したと云うべきか。

自業自得なので文句言えないし言うつもりもない、黒巣から軽い拳骨。
初犯を差し引いても処分にしては甘い方だったろう。
けれど、その後が意外な展開。
少し痛む頭を押さえる遼二に、見慣れた赤い箱が差し出された。

「今日くれェは此れにしとけ、子供は。」
「え、くれるんですか?何で?」

細いプレッツェルでお馴染のチョコレート菓子。
飴と鞭だとしても、突然の事で流石に遼二も訝しんでしまった。
若しや、拳骨の口止めではないだろうか。
今や体罰で親が怒鳴り込んでくる時代なので有り得ると考えていたら。

「生徒に貰ったんだけどな……、俺、甘ェ物嫌いで。」
「そうですか……、ありがとうございます。」

貰い物を押し付けるのも如何なものか。
色々と思ったものの、此処は余計な事など言わない方が良さそうである。
素直に礼を述べ、チョコレート菓子は遼二の手に納まった。

そうして視聴覚室から追い出される。
空になったお菓子の缶と、赤い箱だけ残して。




「お、りょん良いモン食ってんじゃん!」

口調の訛りが黒巣と似ているので、不意に呼ばれると少し戸惑う。
けれどもっと大きくて耳に響く声。
煙草代わりにチョコレート菓子を咥え、鞄を提げた帰り道での事。
待ち合わせなんてしてないのに一ノ助と出くわした。

遠回しに「欲しい」と言われたのだろう、多分きっと。
察しても自分から行動するほど遼二は優しくない。
さて、どうしたものかと思っていると。

「しっかしまァ、パッと見だと煙草みてェだから吃驚したわァ。」

まさかそんな、とばかりに一ノ助が明るく笑う。
飽くまで他意はあらず、遼二の肩が僅かに跳ねた事なんて知らず。
普段は割りと鈍い癖に時々侮れない。
心臓に悪くても、呼吸一つで再び元通りの冷静になって。

「黒巣先生に貰ったんですよ……」
「そうかァ、食べ方が分からなかったのかもなァ。」
「…………は?」
「ほら、先生の故郷の国じゃ売ってなさそうだし。」

黒巣を外国人だと誤解している生徒が、此処にも一人。
彫りが深い顔立ちと骨太の体格なので確かに日本人離れしているが。
敢えて遼二は黙り込んだ、訂正するのも面倒で。


食べ切ってしまおうと思って、また袋から取り出した。
チョコレートプレッツェルで分かたれる黒と白、もう最後の一本。
気にしないふりをしても視線が痛い。
欲しいならきちんと言葉にすれば良いのに。
遼二は開きかけた口を閉じて、一ノ助の方へ差し出してみた。

ほんの一瞬で半分以上が消えて無くなる。
受け取ると思いきや、遼二の手から齧り付かれた。

「驚かせたなら悪ィな、けど幾ら何でも手まで食わねェって。」
「……野獣に餌付けしてる気分です。」

もしも異性同士だったなら恋人のような状況。
けれど、相手が獣では幻覚に過ぎず。
「待て」くらいは教え込んだ方が今後の為でもありそうだ。
此れから長い付き合いになりそうで。



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


小説(BL) ブログランキングへ

スポンサーサイト

2014.11.11