林檎に牙を:全5種類
日暮れが迫る藍色の空は外を出歩く人々に帰宅を促す。
しかし、薄暗い中であまり急いで家路を辿るのは時に危険。
そこら中が明るい街中と違って田舎。
此処からは道路で行き交う車の灯りも少し遠く、足元が疎かになりがち。

「おい、りょん大丈夫か?」
「もう駄目。」

幅が広い田んぼの畦道に、人影二つ。
一ノ助に見下ろされているのは座り込んだ遼二だった。
大袈裟かもしれないが弱音を吐きたくもなる。
泥で汚れたジャージの右膝は破れて、苺を潰したように真っ赤。


通学で歩き慣れていた近道の筈だが、今日は遠回りすべきだったか。
朝から寒々しい曇り空、昼には雨も降った。
放課後の今は止んで傘要らずでも、水を吸って滑りやすくなった草地。
足を滑らせた遼二は派手に擦り剥いてしまった。

転んで服を破いたなんて小学生以来。
一人なら兎も角、失態を晒したのが情けないやら恥ずかしいやら。
田んぼに落ちなかっただけまだ運が良いけれど。


何はともあれ、まず視界が悪いままでは体勢が立て直せない。
眼鏡を手に取ってみて遼二は溜息を吐いた。
衝撃でフレームが歪み、顔の幅より微妙に広がってしまっている。
力加減しながらも内側に曲げて応急処置をしておいた。

真っ先に心配するのは眼鏡、怪我は二の次だが笑い事でない。
無理やり膝を立たせれば痛みで痺れる。
大袈裟な出血、生傷は大して深く無い筈でも広範囲に及ぶ。

遼二の家は駅の向こう側、まだ先は長い。
脚を引き摺りながらでは夜道なんて歩けやしないだろう。

「なァ、俺ン家の方が近いし手当してけよ。」

提案する一ノ助に腕を引かれ、諦念する心持ちで曖昧に頷いた。
世話になってしまうのは借りを作るようで気が引ける。
もう一方の太い腕には鞄二つ。
力自慢の当人が「平気」と笑ったとしても。




田畑ばかりで寂れた道を抜ければ、大型スーパーやコンビニが並ぶ通りに出る。
駅に近付いてきただけ雑多な建物が増えてきた。
それほど騒がしい訳でもないが、深まる藍色も地上の光で少しだけ明るい。

いつもの分かれ道を今日は一緒に進む。
一つ曲がれば住宅地、その中で聳えるマンションに迎え入れられた。
周辺の小さなアパートと比べれば頑丈な城を思わせる。
尤も、跡取りの一ノ助は王子様より野獣と言い表した方が良いが。


「そーいやさァ、ズマも昔あの辺で転んだ事あったな。」
「……そうですか。」

シャワーの音に一ノ助の呟きが加わった。
しかし、風呂椅子に座らされている遼二は生返事だけで精一杯。
冷たい水が生傷に沁みて、密かに奥歯を噛む。

膝では患部を洗い流すにも苦労する。
泥だらけで破れたジャージは脱ぎ捨てて、浴室に押し込まれた。

上を着たままでも腰から下はボクサー一枚。
居心地が悪くても恥じる方が不自然、大人しく遼二はされるがまま。
シャワーを握る一ノ助が、なかなか止める気配を見せないので仕方なしに。
念入りなんだか容赦が無いんだか。


そう云えば後輩の和磨もマンション住まいだったか。
巽家はすぐ上の部屋なので、一ノ助とは幼馴染。

遼二も和磨も癖毛の所為か、ふんわりした印象を受ける。
けれど柔らかさにだって種類がある物。
その実、人柄は全く別々だった。
表情豊かで温かそうに見えても和磨は何となくひらひら掴み所が無いのだ。
必要に応じてのみ涼しく微笑み、さらっと乾いた遼二とは違う。

一ノ助が和磨の名を口にしたのは、単に場繋ぎかもしれない。
暗に「似ている」と言われた気がしても考え過ぎか。
それで小さく苛立ったとしても、遼二の心が狭くなっているだけ。


「あン時はヘビイチゴが生っててさァ、「蛇が出るぞ」っつったら怖がって。」
「逃げようとしたら足を滑らせたんですね……、お気の毒に。」

幼かった頃の二人は何となく想像出来る。
同級生達よりも体格が良い一ノ助と成長期前で女子と変わらない和磨。
金色の子犬と遊ぶような気分で、ついからかった結果か。

ヘビイチゴの季節は夏。
薄着で転んだりしたら、さぞ痛かったろう。
「蛇が食べる」の迷信や「蛇が出そうな場所に生える」が名前の由来。
毒も甘味も無いのでわざわざ食すような物でもないのに。

「お、そんなトリビアよく知ってンな。」
「山育ちですから。」
「りょん、山の者だったっけか。」
「そこまでド田舎って訳じゃないです……」




シャワーが終わる頃には血も止まる。
水で冷え切った裸足が着地する床は、まるで氷。
浴槽の蓋をテーブル代わりに置いた救急箱を一ノ助が開く。
無骨な手に似合わず恭しい仕草。
遼二の細い足を携えて、大きな身体が再び跪いた。

患部が広い所為で、覆えるほど大きな絆創膏は無い。
ガーゼを当ててテープで留めて。
あまり器用でないので乱雑だが、仰々しい処置になってしまった。

真っ白なガーゼに沁みてきた深紅。
生クリームと苺を思わせる。

「膝が美味そうに見えンな、ソレ。」
「……やめて下さいよ。」


食べる気なんか無い癖に。

舐られるとするなら別に嫌じゃない。
甘くないから、どうせ味見だけで済まされてしまうけど。
そんな生殺しは御免だった。
だったら、最初から触れたりしないで欲しい。

じわじわ響き続ける痛みは熱を持つ。
ある筈ない毒を一匙混ぜて。



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2014.11.17