林檎に牙を:全5種類
ナイフで切り傷、コンロやオーブンで火傷。
調理場は油断での怪我が付き物。
水仕事で荒れ気味の指なら尚更、何もせずとも血が流れやすい。


「痛ッ!」

専門学校の調理実習室は忙しなく動き回る若者だらけ。
調理の音以外にもお喋りで喧しいものだが、小さな悲鳴で空気に亀裂。
窓際に並ぶ一つの班は少し騒然とした。

飾りのベリー類を切っていた女子の一人が、左手を押さえて苦い顔。
指先が真っ赤なのは果汁の所為だけでない。

「おい、大丈夫か?」

拓真も駆け寄ろうとしたが、それには及ばなかった。
切り傷の対処くらいは慣れているので大騒ぎするまでもない。
すぐ流水で洗い流して、指は心臓より上に。
「気を付けなよ」と友達に言われ、当人も笑い飛ばしている程度。


こう云う時は誰かが絆創膏を持っているものだが、生憎と品切れ。
代わりに、と男子の一人が自分のスカーフを差し出した。

「どうぞ、良かったら使って下さい。」
「えっ、マジで?早未君ありがと優しい!」

スカーフが汚れるのも構わず、患部に巻いて止血。
自分の怪我でもないのに真っ先に動いたのは遼二だった。
同じ班ならそれなりに仲が良いのだろう。
そうでもなければ、素直に受け取ったりしまい。

元々、白衣にスカーフを巻くのは咄嗟の包帯代わりにする為だったらしい。
まだ絆創膏が無かった時代の名残。
現代になってからは、単にお洒落として白衣の一部になっているが。


学校でもカフェでも遼二は"クールで紳士的"と評判が良い。
相変わらず恋人以外には優しいのだ、彼は。
顔立ちも整っているし、好意を持っている女子も居るだろう。
付き合ったら、さぞお姫様扱いしてくれそうだと。

当の恋人からすれば外面の良さに思わず苦笑してしまう。
ベッドでは喘ぎもしない、愛も吐かない。
寝起きは悪いし休日なんてずっとエンジンが掛からないまま。

此れらの面は拓真だけが知る事実。
嫉妬なんて醜い真似などしないが、あまり面白くもない。

そうして実習の時間は過ぎて、今日もまたケーキが完成する。
助講師と生徒は目も合わせず他人の顔。
繋がっている事など、学校では誰にも秘密のままで。




朝から実習がある日、生徒達が揃って退室するのは昼食前。
小さい怪我で一悶着もあったが、午前の授業はいつも通りに終わった。
それは拓真の方も同じである。
生徒達を見送って、最後にケーキ型の片付けをしていた時の事。

「保志さん、宜しいですか?」
「え?何か用か……?」

背後のドアが開かれて、会話が生まれたのは洋菓子実習室の横。
材料や道具を保管しておく準備室内だった。
小さな窓すらない狭い空間。
昼休みに訪問者なんて珍しい、現れた相手も全くの意外。

既に昼食を済ませたのか私服の遼二と、驚いた表情の拓真。
ドアを閉められたら密室に二人きり。


ふとスカーフの件が頭に過ぎるが、別に如何こう言うつもりも無し。
他人に対する善行を気にするなんて馬鹿馬鹿しい。
生徒が怪我すれば、拓真だって手当する立場に回っていた。

「実は、僕もあの後に手を切ってしまいまして。」

遼二の来訪も唐突だが、その理由も意味がよく分からない。
右手を掲げられて拓真は訝しんだ。
骨張って細い人差し指、確かに真一文字の傷。
放ったらかしのままで今もまだ鮮血が溢れてきている。

自分のスカーフは女子にあげてしまった後。
代わりに拓真の物を寄越せと、わざわざ強請りに来たのか。


しかし、その読みは外れた。

スカーフの結び目を解こうとすれば、左手で止められる。
包帯は要らないとばかりに。
行儀悪く棚の上に腰掛け、拓真の口許に指を突き付けて。

「舐めて下さい。」

眼も声も冷徹なまま、遼二が静かに命じた。
鉄錆の味で唇が真っ赤に染まる。

からかっている場合ではないし、冗談にしては質が悪い。
有無を言わさず止血して帰らせた方が良いだろう。
そうは考えたものの、拓真は動けずにいた。

眼前に、甘い果実を思わせる深紅。
滴り落ちてしまうなんてあまりに勿体ない。

とうとう舌を伸ばし、指を口腔に絡め取った。
身長差のある二人では目線が合いにくい。
立ったままではやりにくくて、拓真は大きな身体を屈める。


一滴、また一滴。
鮮血が唾液に混じり合って喉の奥へ滑る。

先程までケーキを作っていたので、香りだけなら僅かに残っていた。
薄くて短い爪、最近ささくれてきた指先。
手を握るよりも舌で触れて伝わる情報は何とも生々しい。

ベッドでは舐められるも愛でられるも、遼二にされるがまま。
拓真の方が奉仕するのは恐らく初めて。

そろそろ流血が治まってきた筈だが、放す事は出来なかった。
舌を押されて続ける事を促す。
急に止められないのは、遼二ばかりでもなく。

指を咥えているだけなのに息が乱れる。
治療の為じゃない事は、最初から分かっていた。


眠そうな癖に冷えた黒目は拓真を突き刺す。
大人しく従う様を視線で捕らえ、それが苦しくて堪らない。
そうして、やっと引き結んでいた唇が開かれる。

「苦しそうですけど……、他の所も舐めたいですか?」

器用に上履きを脱ぎ捨てた片方の足。
靴下の爪先で、拓真の下腹部を踏み付ける。

危うく指を噛みそうになった。


NEXT →



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


小説(BL) ブログランキングへ


スポンサーサイト

2014.11.20