林檎に牙を:全5種類
ある朝の教室、大きな虎は何故かウサギを連れてきた。

無骨な彼の手にはあまりに不似合い。
ふわふわした体は空を思わせる青、耳長のぬいぐるみ。
訝しむ羊が、眼鏡を直しても見間違いでなく。


「親方!空からウサギが!」
「あぁ、落ちてきたんですね……要するに。」

経緯を訊ねてみれば、その返答一つで大体の察しはついた。
一ノ助の私物ではない事なら最初から分かっている。

授業が始まる前、朝から元気な生徒達は各々が忙しない。
男子二人がウサギで遊んでいたって気付かずに。
一ノ助の向かい、遼二も柔らかな毛並みを指で撫で上げてみた。


大河家はマンションの1階、和磨が住む巽家はすぐ真上の2階。
洗濯物がベランダから降って来る事も時々。
ウサギも昨日そうやって一ノ助の元へ来たらしい。
迷子のお知らせはメールで送ったので、持ち主は確認済み。

階段さえ上がればいつでも渡せると思っているうちに一日明けた。
無精が祟ってしまって今に至る。
同じ校舎に居るのだ、そのうち届ければ良いと気楽な考え。

「随分ルーズですね……、今届けてあげれば良いのに。」
「ンな急ぐ事もねェって、ぬいぐるみだろ?」

事を先延ばしにしているほど愚図な訳ではない。
二年生と三年生の教室も階段を隔てているし、廊下も遠い。
自発的に動くのは面倒なだけ。

「それによォ、ズマだってこいつ居なくたって困らねェだろ別に。」
「まぁ確かに、巽君は普段から他にもいっぱい付けてますけど……」
「ウサギ無きゃ眠れねェ訳でもあるまいし、もう流石に。」
「もしかして、昔はそうだったんですか。」

幼馴染同士ならそうした思い出話も知っているようだ。
恥ずかしい事も含めて、色々と。

改めて遼二がウサギを受け取ってみれば、甘ったるく花の匂い。
きっと石鹸で手洗いしたのだろう。
それなら大事な物とも窺えるが、口には出さないでおいた。

かと云って、代わりに遼二が届けてやる義理も無いのだ。
面倒なのは同じ、そこまで優しくもない。


「俺が持ってる間だけでもウサギに名前付けてやるかな、ムスカとか。」
「え、シータじゃないんですか。」
「ムスカって顔してンだろ?」
「そんなイラッとする顔はしてないと思いますけど。」

明らかに冗談なら合わせてやっても良いが、一ノ助は至って真面目。
笑わせるつもりで口にしている訳でも無いらしい。

いっそ得意げに言ってくれたら「馬鹿」と返して終わりなのに。
こうして反応に困る事は多々。
どうしたものかと、手持無沙汰でウサギの目を弄る。


「目がッ!りょん、可哀想な事すンじゃねェよ。」
「あぁ、すみません……、無意識でした。」

そうして再びウサギは一ノ助の手へ。
意外な事だが、可愛らしい物や綺麗な物は好きらしい。
決して粗雑に扱ったりせず、愛でたり誉めたりする時は素直。
流石に和磨のように持ち歩いたりはしなくても。

だったら、もっと可愛い名前にすれば良いものを。
そこはセンスの問題かもしれないが。


骨張っているだけでなく、太くて頑丈な指。
すっかり男に育っている手はウサギなんて収まってしまう。
預かり物と云う点を考慮しても優しい触れ方。
野獣じみた一ノ助の方が、遼二よりもずっと心得ている。

翼を思わせるような大きさでも飛べやしない耳。
虎の手の中、青いウサギはされるがまま。
真っ黒なボタンの目で、純真に空を見上げながら。

「大河って、女の子へのプレゼントのフリして自分で買ったりしそうですね。」
「いやァ、うちの妹はこーゆーモンあんま好きじゃねェしさァ。」

チャイムが近付いて雑談は半ば強制的にお開き。

授業が始まれば、それぞれ生徒達は縄張りへと戻って本を開く。
後ろの席から遼二はずっと一ノ助を見ていた。
机の中に入れっぱなしの片手、ぬいぐるみで遊んでいる様も。


あの手に情欲を隠し持つ羊は、少しだけウサギを羨んでいた。

あれだけ可愛いければ、柔らかければ。
自分もまたそうやって彼に触れられただろうか。

そこまでぼんやり考えて、やはり遠慮しようと打ち消した。
別に包まれて愛されたい訳じゃない。
寧ろ、望みは逆さま。
舐めて、噛んで、しゃぶってみたいのだと。

凶暴な欲求は、羽をもぎ取って箱の中。



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2014.12.01