林檎に牙を:全5種類
お祝いのケーキと云えば苺と生クリーム。
けれど、クリスマスにはドライフルーツとナッツも欠かせない。
晩秋の実りをたっぷりと混ぜ込んで焼かれた狐色の山。
粉砂糖の雪が降り積もれば、12月の始まり。



陽射しが強くても、乾き切った風で痛いくらいの青空。
3階のベランダから遠く見渡せば、藍色の山脈は頭が白くなる時期。

家で過ごす休日は昼食が遅れがち。
洗濯物を干している拓真に代わって、遼二がパン屋へお遣いに向かった。
いつもは布団か炬燵から動かないくせに珍しい。
総菜パンに加えてシュトーレンを持ち帰った、12月最初の土曜日。

「今週の授業、パンの実習で作っただろ?」
「此の店の方が美味しいので。」

寒くて外出が億劫な中、自発的に動いたのは食欲が勝った為か。
口振りからして相当お気に入りらしい。
12月限定商品なので今のうちに味わっておかないと、次は一年後になる。


クリスマスは待ち望む期間もまた至福。
そんな待降節に、シュトーレンは時間を掛けて大事に食べる。

大きい物なら1kgで売られているので、此れも二人で分けて丁度良いくらい。
しっかり焼いた生地は長持ちする。
日々フルーツとナッツが染み込んで変化していく味。
薄くスライスしてクリスマスまでに一切れずつ愉しむのが風習。


「フルーツケーキとは違うんですね。」
「あれはクリスマスまで密封して、熟成させてから食う物だからな。」

今週で二学期の実習は終わりだが、飽くまでも授業の話。
クリスマス前になると学校関係者に配るフルーツケーキを大量に作る。
勿論、駆り出されるのは生徒達であった。
混ぜて焼くだけのバターケーキなので、一年生でも問題ない。

バターの価格が高騰する昨今、よくもまぁ惜しげもなしに使うものだ。
ドライフルーツの洋酒漬けなんてポリバケツ一杯分。
ラム酒のボトルを何本も空けて作るので、拓真は匂いだけで酔いそうだった。

どちらも苦手な者だって多いだろうに。

しかし、お菓子は一つ一つに歴史があるのだ。
顔を顰める者が居ても伝統を重んじてもらわねばならない。
それに、贈り物は日持ちの問題も考慮する必要がある。
こうした点を踏まえれば冬ごもりに最適。


そう云えば、一年生がフルーツケーキを習ったのは6月だったか。
初夏の陽射しと雷雨が交差していた空を懐かしく想う。
隙が無い表裏だけでなく遼二の脆い面を知った。
そうして息苦しくなる感情は恋だと、拓真が気付かされた季節。

あれから半年、冬が巡った今ではすっかり寛いだ顔。
炬燵で背中を丸めている遼二の姿はまるで飼い猫だった。

「……何ですか?」

髪や背中を撫でてみても嫌がらない。
そうして疑問を口にしつつ、拓真に寄り掛かる。
単に暖を求めてだとしても。


空腹を思い出してパンの袋を開けた。
ナイフと皿を用意すると、折角なので最初はシュトーレンから。

手に取ってみれば、どっしりした重さ。
焼き上がりは素朴でも粉砂糖で化粧されて雪山を思わせる。
ナイフの切っ先が沈んで、深い色をした木の実が散らばった断面。
山の欠片、最初の一つに歯を立てた。

製パンは専門外なのでシュトーレンなんていつ振りだろう。
お菓子なら年中囲まれているが、此れは丁度良い甘さ。

固くて甘ったるそうに見えて、意外にも軽い口当たり。
遼二が冬を実感すると云う味。
舌の上に転がる木の実を噛み締め、拓真も浸った。


「僕の友達で丸かじりした奴が居ましたよ、昔。」
「豪快だな。」
「えぇ、何だか肉の塊に喰い付く野獣みたいでした。」
「切り分けて食う物だって教えてやれよ……」

情緒もへったくれも無い。
そんな思い出を語りながら、遼二は懐かしむ目。

子供時代のクリスマスは特別な日。
成長するにつれて、輝きを失って何でもない夜にもなる。
だからこそ無邪気に楽しんでいた頃が遠くにも感じるのだろう。

炬燵の上にはパンと一緒にマグカップが二つ。
遼二が啜れば、コーヒーの熱で曇った眼鏡は雪の色。
温まって落ち着いても溜息混じり。
そう、もうクリスマスはただ浮かれる日じゃない。

「忙しいのは百歩譲りますけど、クリスマスソングの洗脳が憂鬱です……」

遼二の気を重くしているのは、バイトの話。

クリスマスのカフェはケーキが飛ぶように売れていく戦争状態。
それより問題は場所、駅ビルでは聞き飽きた曲ばかりを一日中繰り返すのだ。
其処に何時間も居なくてはならない遼二は堪らない。
多忙の八つ当たりも兼ねて、12月にはすっかり滅入ってしまうらしい。

それより先、学校では二学期末のテストがあるのだが。
勉強しているのか如何だか怪しいものだ。
そうは思っても、今だけは拓真も黙ってやる事にした。


シュトーレンで自分の口を塞いで、無言を貫くと決めていれば。
そんな拓真を見て、ふと顔を上げた遼二が少し唇を緩めた。
何か付いているかと思えば御名答。
頬張った時、粉砂糖で口髭が染まっていて真っ白。

「保志さん、サンタみたい。」

不本意でも笑ってくれた事に安堵した。
かと思えば、遼二が伸ばした舌先に舐められて縮こまってしまう。


惜しみながらもシュトーレンはすぐに食べ切ってしまう。
また一枚欲しくなろうと、次は明日のお楽しみ。

クリスマスまで残すところ半月少し。
製菓に携わっている限り、拓真だって忙しいのは同じだった。
辿り着く頃には疲れ果てているなど目に見えている。

けれど、今年からは苦労を分かち合う者も隣に居るのだ。
戦場から生還したらまた二人で乾杯しよう、最後の欠片とコーヒーで。



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2014.12.04