林檎に牙を:全5種類
遼二が長年想っていた男は、いつからか煙草の匂いを纏うようになった。
年上なのだから早く大人になるのは当然の事。
解かっていた筈でも、いざ胸に圧し掛かるものは重く静かに。

駆け足になっても無駄で、置いて行かれる感覚。
気付かれないまま距離は広がっていく。



男の子はヒーローに憧れ、女の子はお姫様を夢見る。
子供は同性の方を好むものだが、飽くまで自分の"理想"としてだろう。
それが本来あるべき姿だと決められて。

「否」と自覚した時から遼二は他者から外れてしまった。
友達の兄に抱いた感情は、紛れもなく初恋。

それなら儚く切れてしまう縁かと思いきや、繋がりは細く長く。
彼が進学した専門学校も、母の実家も紅玉街。
折しも両親の離婚で「早未」を名乗り、そちらに移り住む事になったのだ。
境遇を利用して甘える事に遼二は罪悪感が無かった。
優しい人なので求めればそれだけ返してくれる、同情でも構わないと。


けれど、二人で居ても孤独は深いと知った。
兄弟のように親しくなれても本当に望んだ関係ではない。
もう手を繋ぐ年でもないし、まして愛の言葉なんて交わされず。

それに成人へ近付く彼は少年から羽化していった。
昔から見上げる程の長身だったが、並べば更に目線が高く遠く。
そうして、煙草も変化の一つ。
匂いが違えば別人になってしまったような錯覚すら。


それでも、彼が想い人である事は変わらない。
吸殻なら簡単に入手出来た。
ずっと焦がれていた唇が触れた、紙巻。

一人きりで背徳混じりに咥えてみれば、なんて苦い事か。
吸い方を知らない遼二は激しく咳込んだ。

もうただのゴミに過ぎないのに、どうしても捨てられず。
胸に居座る此の感情と同じで。
一つの筈が、二つ三つ、彼と過ごすたびに数が多くなっていく。
キャンディ缶に押し込んで肌身離さずポケットの中へ。

人目を忍んでは、遼二の口許には煙草。
こうして秘密が増えた。




「ちょっと男子ー!真面目に掃除しなさいよ!」

まだ明るい空の下、何となく訊き慣れた台詞が飛び交う。
声の出どころは道に散らばった青いジャージの中学生達だった。
軍手に火ばさみを握ってゴミ袋も。

今頃は部活の時間なのだが、別に志願してやっている訳ではない。
皆一様にあまり意気込みが見られず義務的。

月に一度、王林中学で放課後に行われる校外清掃活動である。
社会貢献の一環として通学路を見回るのだ。
クラスから数名ずつ選ばれ、面倒だと肩を丸めながら取り組むのが毎度。


季節によっては落ち葉の多さに困るが、普段は気楽に構えれば充分。
袋一杯になるほど道がゴミだらけと云う訳でもなし。

目線を下に向けながら歩いているので首が痛い。
濡れた煙草を見つけて火ばさみで拾えば、破れて中身が散ってしまう。
泥だらけの紙だけ拾い上げた遼二は見ないふり。

路上で一番多いゴミが煙草の吸殻だった。
遭遇すると、少しだけ複雑な気持ちになってしまう。
それを後生大事に持ち歩いてる自分は。
第三者の目からすれば、さぞ気持ち悪い存在に違いないと。


「道路なら排気ガスだらけだし、煙吸てェなら突っ立ってりゃ良いんじゃねェの?」
「さぁね……、喫煙する人の気持ちなんか知りませんよ。」

煙草に興味が無く首を傾げた一ノ助に、遼二は冷ややかに返す。
こんな嘘など何でもなく滑らかに吐ける。
後ろめたさなんてもう何処かに消えてしまった。

グループになれば、普段から仲が良い者同士で分かれる。
遼二と一ノ助が固まるのも自然の流れだった。

「どうせ掃除するなら河原が良かったなァ、エロ本落ちてるしよ。」

煙草は害悪、異性に惹かれて当然、人はそれを"健全"と呼ぶ。
不良に見られがちの一ノ助にも当て嵌まる。
ならば、そこから外れた遼二は異端者になるのだろうか。
浮かび上がる苦味に顔を顰めた。


今もポケットに隠し持っていたキャンディ缶。
誰の目にも届かない位置、遼二がそっと手探りで取り出した。
逆さまにして蓋を開けたのは故意。

灰を舞い上げながら吸殻は地面に散らばる。
肌身離さず持っていた想いの欠片が、一瞬でただの屑。


「大河、拾うの手伝って下さい。」
「ん?おー、こりゃ煙草が大漁だなオイ。」

"たった今見つけた"とばかりに白々しく装う、遼二の口調。
そうとも知らず一ノ助は清掃活動に熱を入れる。
気乗りしなくても、自分の役目くらいはきちんと取り組もうと。

見破られない確証を持つ遼二は、空になった缶を片手で撫で擦った。
中身を捨てて少しだけ気楽になったつもり。
深呼吸してから顔を上げた。
崩れない涼しい表情に微笑の色を混ぜて。


けれど、それも今だけ。

また彼に会ったら、新たな吸殻に手を伸ばしてしまう。
そうして此の缶は再び重くなる。
毒だと知りながら、抑えられないまま愚かにも。

まだ恋でありたい。
胸に埋め込まれた痛みすら愛しくて。



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2014.12.10