林檎に牙を:全5種類
「あー、悪い子が居る。」
「巽君の事でしょう?」

鍵の音一つで、外界から遮断される部屋。
白々しい声を交わして遼二と和磨は口許だけで薄く笑った。
いつもの柔和なものと違って、何処か仄暗い色。


壁を隔てた別世界、運動部の力強い掛け声が遠く感じる放課後の話。

体育館の隣には近年になって増設された小さな別校舎があった。
その一つは此処、第二美術室。
遼二と和磨が在籍している美術部の活動場である。

二人が部活で顔を合わせたのは暫くぶりだったか。
他と比べて基本的に美術部は自由。
期限までに作品を提出すれば良いので、毎日来る必要も無い。
繋がりは一ノ助との交友と部活。
故にそれほど親しい訳でも無かったのだが、共通点はもう一つあった。


第二美術室の奥は、ほとんど作品の倉庫扱いになっている準備室。
一つしかない窓の向こう、校舎裏は壁に挟まれて誰の目も無い。
入り浸る彼らが"秘密"を共有するにはお誂え向き。

「悪い子」の台詞は、隠れて吸殻を咥えていた遼二に対して。
けれど和磨だって人の事を言えやしない。
綺麗なターコイズグリーンの小箱を開ければ、唇に真新しい一本。
ライターの火で先端を焦がして煙を味わう。

隠れ喫煙者は遼二だけでなかった。
寧ろ、慣れ切った仕草なだけ和磨の方が悪質。


「りょん君も要る?」
「いえ、僕は吸殻だけで良いんです……」

お互いに踏み込もうとせずに、一定の距離。
友達の友達とはそう云うもの。
喫煙するような理由も知らないし、入手経路だって不明のまま。

「好きな男の吸殻」だなんて、口が裂けても明かすつもりは遼二に無かった。
百歩譲っても擁護の余地なし。
それなら一方、和磨はどうして新品など持っているのやら。
親から失敬してきたものかもしれない。
だとしたら、大人ぶるにしても何となく不恰好。


まだ次の期限まで日数は余裕。
準備室の外では、真面目な部員達がデッサンに励んでいる真っ最中。
そんな彼らを横目に擦り抜け、閉じ籠っての悪事である。

とんだ大罪人だが、現場を押さえられなければ信じ難い。
種類は違っても二人とも癖毛に甘い顔立ち。
確かに穏やかそうな雰囲気を感じさせるが、それが全てではないのだ。
周囲からそうしたイメージで決め付けられる事は、時々重い。

大人しくしているからと小馬鹿にする者だって中には居る。
一人二人でなければ、いい加減に嫌気だって差す。
毒を好む舌だって持ち合わせているのに。


特に会話が無くたって居心地は悪くなかった。
何もしない、気怠げで緩やかな空気。

目撃者の居ない窓に向かって、和磨が煙を吐く。
緑の箱はメンソール煙草の印。
爽快感を求めて未成年が手を出しやすいが、依存性が高いらしい。
そう思いつつ、ただの野暮だと遼二は吸殻で口を塞いだまま。
注意する義理は無いし、そんな立場でもあらず。

長い無言が支配した後、和磨が火を握り潰せば終わり。
煙を風で洗ってから腰を上げた。
そうして扉の向こうへ逃げ込んで、ほんの5分だけの秘密。


絵と睨めっこに忙しい部員は遼二達の事など気に留めたりしない。
準備室に消える時も、戻る時も。

衣服は煙を吸いやすいので、匂い移り防止に白衣を羽織る。
本来なら制作活動で絵具が跳ねる為の物。
脱ぎ捨てて新しい物に替えようとしたら、隣の和磨がふと声を零した。

「あれ、イノ君?」

釣られて遼二も顔を上げると思わず訝しんでしまった。
体育館向きの窓、ガラス越しに見慣れた顔。
数時間前に教室で別れたばかりだ、嬉しそうに手を振る意味が分からない。
和磨だって一ノ助と同じマンションだろうに。


「え、何どうしたのイノ君てば。」
「ちょ、恥ずかしいからやめて下さいよ……」
「何だよ、ただ呼んだだけじゃ悪ィか?」

揃って駆け寄ると、窓を開けて控えめの声での会話。
一ノ助が居る事自体はあまり不自然でない。
彼の所属しているバレー部が活動しているのは、すぐ隣にある体育館。
また女子に場所を取られて暇なのだろう。

悪事の後、一ノ助と出くわすのは何となく気まずい。
不良に見えても心身ともに健康的。
身体ばかり大きくても幼い部分を残して、それが今は目に痛い。

「お前ら、白衣似合うのな!」

不意に突かれて、密かな冷や汗で背中が湿った。
間接的に喫煙を指摘された気がして。
また何を言い出すのやら。
よっぽど近寄らなければ匂いに気付かないだろうけれど。


「……アレだなァ、実験で爆発したっぽい髪してるからか。」

その瞬間、脱力したのは言うまでも無し。
確かに二人とも巻き毛ではあるが。

誉めているのかと思いきや、余計な事を口に出すのもまた多い。
一人で納得して頷いている様が忌々しいやら。
苛立っても、ぶつけてしまうのは大人げなくて呑み込むばかり。


「イノ君は何か、こう……、ピュアだよね。」
「ええ……、僕らからすればもう青いくらいです。」
「なァ、ソレって嫌味なん?」

遼二と和磨の反応は、一ノ助からすれば全く予想外だろう。
首を傾げられたって正直に答えたりしない。

まだ苦味が舌に居座っても、笑った顔だけはいつも通り。



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2014.12.13