林檎に牙を:全5種類
進ちゃん焼成中、窯の前にて。
逢えるのはもうすぐ。

配布元alkalism様より。
和磨が高い集中力を持っているのは知っていた。
食事も睡眠もそこそこ、最近は人形の工房に篭もりっきりの日々。
勿論、仕事中の彼ならば常こんなものだと云う事も。
しかし今回ばかりは随分と長く続いている。
時間に追われている訳ではなく、のめり込んでいるのだ。

驚き混じりに一つ、傍らの深砂が思わず感嘆を零した。
共に冬と春の間を迎える年も四度目。

まあ、努力だけで成り上がった和磨の立場からすれば当然かもしれない。
動く人形を造る事が出来るのは地龍故の能力。
けれど、飽くまでも泥の塊でしかない土人形の話。
生きた人間に近い物となれば、当人が技術を磨くしか他なるまい。


人形製作に対する和磨の姿勢。
其れは情熱と呼ぶに相応しいものだろう。

一度火が点れば、燃え尽きるまで紅蓮に踊る。


こんな日常も、以前に魂石の商人が臥龍を訪れた日が全ての始まり。
買う気も無い癖に和磨が商品を眺めるのは毎度。
芸術家は想像力が命。
美しい物に触れて感性を養う為だけ、と思いきや。
いや、恐らく本人も最初はそのつもりしかなかっただろう。

其の日に限り、和磨は一つの魂石を選び取った。
飴玉にも似た黒瑪瑙。

現在、件の石は大事に作業机の上。
既に加工を施し、白で固められた球体は倍の大きさ。
深砂も触れてみたが表面に模様も傷も無く綺麗な物だった。
尤も、宿った魂がどんな者なのかまだ逢っていない。
眠ったままなのか未だに姿こそ現さないのだ。

しかし、持ち主となった和磨には触れるだけで様々な事が分かるらしい。
主従を結ぶとはそう云う物なのだろう。
そうして、愛でるように石を片時も離さない数日が過ぎた後。
愉しみで落ち着かない足取りで工房へ篭もった。


作っている物は一体の人形。
和磨は"あの子"に身体を与えてあげるつもりらしい。


魂石に憑いた者とは要するに幽霊。
現世に留まっているにしか過ぎない、魂だけの不安定な存在。
身体が欲しければ主の身体を借りるしかない。
和磨の取った方法は違う。

ならば、魂石の為だけの入れ物を誂えてやれば良いのだと。
高度の技術を備えた彼の手に掛かれば可能な事。

悲劇で人生の幕を閉じてしまった、まだ見ぬ従者。
成功すれば、生きている感覚を得て目覚めの時を迎えられるだろう。
仮初めの身体でもあっても。


「嫌だな深砂ちゃん、僕がそんなに優しい奴だとでも?」
「ああ、うん、そうだったね。」

周りが見えなくなったようでも恋人の声にだけは反応する。
否定でひらひら手を振った後で再び作業へ。
とは云えども今は待つのみ。
黒瑪瑙の身体となる人形は、真っ赤に燃える窯の中。

念を込めて粘土を成形する日々を経て、漸く焼成段階。
完成にはまだ遠いが着実に近付いている。


「深砂ちゃん、僕の目標は分かる?」
「外見も機能も何もかも生きた人間に近い人形。」

問い掛けに対する答えなら充分に知っている。
口許の微笑が正解の合図。
綻んだ薄い唇で和磨が言葉を続けた。

「だったら、人間の魂を宿らせようと思って……肝心なのは中身だからねぇ。」

人形とは結局のところ道具なのだ。
残酷ながら揺ぎ無い事実。
そして悪い言い方なら、魂石を利用するつもりと云う事も。

「生涯最高傑作とやら、今作っちゃうの?」
「違うよ、飽くまでも"今の僕の"最高傑作。」

修行途中の腕試しとでも云うつもりか。
ああ、きっと、和磨自身も生きている証が欲しいのだろう。
死者の入れ物を作る事で。


生白い和磨の横顔は、絶えず揺れる炎に染まって朱色。
前だけを見詰める翠の眼も宝石の煌めき。

何があっても遣り遂げる強い意志の光。
言い表すなら、そんな耳障りの良い言葉などではない。
既に和磨は其の先を踏み超えて、狂気。
深砂を魅了する物の一つ。


物欲しくなって、無意識のまま深砂が自分の唇を舐めた。
和磨が其の様を眼にしたかは知らない。
湿らせた直後、彼から奪う形の口付けで共に何も見えなくなる。

炎による高熱で蕩けていく錯覚。
擦り合わせた唇が弾けてしまいそうな程に。
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2010.07.13