林檎に牙を:全5種類
宙に投げ出される瞬間、手を伸ばしてしまった。
それが藁でも縋り付く状況。
いっそ口を利かない物なら、こんな騒がしい事にならなかったのに。

「何で俺を道連れにすんだよ和磨、手摺あったろ……!」
「ごめんね昕守君、つい咄嗟に。」

怪我も病気も、保健室は大きなものから小さなものまで集う。
今日の怪我人は長身の男子が二人。
共に足を挫いて、一度椅子に腰を下ろしたら動けない。
早く帰ろうと思っていたのに。


事態は少し遡って数分前の事。
鞄片手に教室を出て、帰ろうと階段を下っていた時だった。

中ほどまで降りた時、和磨が一段踏み外して滑ったのだ。
鞄で片手が塞がっていたので、もう一方の手を伸ばした先には進之介。
二人とも足から落ちて着地に失敗した結果が軽い捻挫である。
助け起こしてくれたら麗しい友情が深まったろうに。


「リポDのCMみたいにはいかなかったね。」
「そうだな、チャラにしてやるからドリンク奢れよ。」
「あれは登り切った後で飲む物だよ。」
「本当に反省してんのかよ和磨、こんにゃろう。」

足が使えないので、制裁で進之介の手が伸びる。
頬を抓られても今日は大人しくしておいた。

正直な話、和磨は保健室があまり好きじゃない。
寒々しく真っ白で消毒液の匂い。
小学校の時、保健の先生があまり良い人でなかった所為もある。
そうした理由で嫌な思い出も一つ二つ。

今では別の先生なので引き摺るのは失礼か。
王林中学校で保健室の主、下里先生は手際良く治療を済ませてくれた。
職員室に呼ばれていたらしく足早に消えたけれど。


「……何だ、喧しいと思ったら進ちゃんじゃん。」

カーテンの滑る音と気怠い声に背中を叩かれた。
どうやら保健室にはもう一人居たらしい。

ベッドに寝そべっていた小柄な男子が一人。
黒より少し明るい髪は夕陽が差して、赤味を帯びた色。
くりっとした大きめの目に鼻梁の幼い面差し。
体操服なので女子にも見える。

面識は無いが同級生なので和磨も見覚えのある顔だった。
確かサッカー部、2組の崎山楓。


「先輩じゃないですか!大丈夫?!」
「あぁ、頭にボール受けて脳震盪起こしただけ。」
「……あれ、先輩って昕守君の方じゃないの?」

敬語で心配する進之介に、低音で落ち着いた返答の楓。
同級生でも成長期の身長差は大きく、「先輩」と呼ばれる方が小さいのに。
傍から見れば何の冗談か。

「何故か知らんけど、俺の渾名が「先輩」なんだよ……」
「いや、つい呼びたくなるの分かります!」

聞けば、二人とも給食委員会同士。
転校生なので勝手が分からない進之介に、懇切丁寧に教えてくれたのが楓。
そこから親しくなって話す仲になったらしい。
否、どちらかと云えば進之介が悩み事を楓に相談する形。

「昕守君てば、頭抱えて悩むような事あるんだ?」
「頭痛の種いっぱいあるわ!つーか時にはお前も原因だよ!」

そう云えば楓の噂くらいなら耳に届いていた。
幼げな容姿と裏腹に、どっしり構えて頼りになるらしい。
大袈裟な話では「悟りの境地」なんて聞いた事もある。
さぞクラスで可愛がられているのだろうと、和磨も予想がつく。


そうして和磨がぼんやり考えているのも、進之介と楓が会話を始めた所為。
何となく口を挟める事なく此方は置き去り。

周囲に複数人居ても、独りになってしまう事はある。
こんな感覚なら昔から慣れていた。
浮いてしまう自覚がある和磨にとっては別に平気だったのに。
最近は進之介が隣に居たので、忘れていた。

女子じゃあるまいし、別に嫉妬なんてしないけれど。

ただでさえ此処は和磨にとって苦手な保健室。
もう治療は済んだので帰りたいところだが、まだ足が痛んで動けず。
何となく居心地が悪くて息が詰まる。


「進ちゃんと巽、マジで仲良いのな……、怪我までペアって。」

通り過ぎていく会話を聞き流していたら、不意に楓が口許で笑った。
視線を落とした先は進之介と和磨の足首。
湿布で隠された、お揃いの捻挫。

「ちょ、やめて下さいよ!」
「そうだよ、ただの偶然なんだから!」

咆えたところで「寝るから静かに」とカーテンを閉められるだけ。
そうして再び保健室には進之介と和磨のみ。
無言になって、溜息を吐いて、元通りの空気になる。
口論しても頬を抓られても、蟠りを持たずにこうして繰り返す。


あの時、進之介に縋らなければ怪我だって和磨一人で済んだ。
悪いとは思いつつも密かに苦笑する。
散々すぎて寧ろ滑稽にすら感じてしまう現状。

少し痛みが引いたら、今度こそ足を気遣いながら帰らねば。
「また明日」と別れるまでの二人きり。



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2014.12.19