林檎に牙を:全5種類
期末試験から解放され、勉強漬けの日々が過ぎ去って一週間。
一喜一憂する結果は天国と地獄を分ける。
赤点の用紙を丸めて捨てても、それで終わりじゃないのだ。

その日、鞄を抱えた生徒達が帰宅しても2-4の教室には居残りが目立った。
こうしている間に別のクラスからも集まって席が埋まる。
憂鬱や退屈を抱えて重い足取り。
折角の放課後、英語の補講なんて面倒で仕方ない。


窓際の後ろから二番目、和磨も自分の席から動かず此処に居た。
赤い夕陽が色素の薄い目に沁みる。
頬杖の体勢で瞼を閉じて、英語担当の黒巣が来るのを待つ。

美術が好き、理数で苦労しない、そんな和磨は英語が大の苦手だった。
幾らイギリスの血が混ざっていても日本語しか喋れない。
見かけ倒しなんて他人から言われても困る。
今回の赤点は英語だけなので助かった、不幸中の幸い。


まだ重い瞼を半分だけ持ち上げて、教室を見渡した。
後ろの席は眺めも抜群。

それにしても赤点仲間が多くて思わず苦笑してしまう。
進之介も、都来や鈴華も足早に消えた。
和磨の周囲はがら空きになってしまっていたので寂しかったのだ。
こうした場合、独りでないのは安心する。

そうしている間、視界が学ランの背中で塞がれる。
和磨の前に男子が着席した所為。
一応、社交儀礼の挨拶で此方を向いた。

「毎度どうも、巽。」
「あぁ、中間テスト以来だったね……八鹿君。」


特に親しいと云う程でもないのだが、和磨とも面識がある。
隣のクラスに居る八鹿優は英語の補習仲間だった。

外跳ねの髪は、真っ黒な所為か少し硬そうな印象を受ける。
詰め襟もシャツも軽く開かれ、凛とした眉や目元に鼻筋が通って男性的。
まだ背が低いので女子にも見えるが成長期。
高校生くらいになったら、さぞかし大人っぽく化けそうだ。

一年生の頃は同じクラスだったので、時々なら会話する間柄。
それは「友達」と呼んで良いのかどうか。

あぁ、その呼称に疑問を持つべき相手は和磨よりも他に居た。

和磨の隣、今は空席の主。
元気を振りまく都来が不在だと随分と静かなものだ。
優の幼馴染にして最愛の少女。
「恋人」と捉えていない、と二人が口を揃えるのが不思議なくらい。


「……八鹿君て、花住坂さんの事好きだよね?」
「当然だろ。」
「でも付き合ってはいない、と。」
「悪い事みたいに言うのな。」

黒巣が遅いので待ちぼうけの生徒達が緩んできた。
教室のあちこちで始まるお喋りに誘発されて、つい和磨も口を開く。
返事は全く予想通りでも。

決して優の一方通行ではない、都来も彼を最も信頼している。

そうでなければ都来だって触れ合ったりしないだろう。
手繋ぎ、抱擁、頬にキスまで。
教師が居ても存在を忘れたように二人の世界。
それは幼児か女子同士のスキンシップにも近く、あまりに自然。


青臭い時代、少年少女は早く大人になりたいと背伸びするもの。
異性に対する興味なんて妄想ですら暴走しがち。
誰と誰が付き合っている、キスした、初体験を済ませたなど噂も飛び交う。

下種の勘繰りも含め、羽虫のように湧いては切りがない。
そんな中で優と都来の関係は珍しいものに見える。
変に厭らしさを感じさせないのだ。
「純愛」だとにしても、所詮は他人が飾ったに過ぎない言葉。


「つーか俺、その手の質問100回くらいされたんだけどな。
 お前にまで言われるとしつこい。埋めるぞ。」

いい加減、優の方もうんざりしていたのだろう。
呆れつつも厳しい目で和磨に釘を刺す。
いまいち現実味のない脅し文句にも関わらず、手元にスコップが見えた気がした。

恐らく、煩わしさが都来にも及ぶ事を危惧しているのだろう。
それが愛でなければ何だと云うのか。

「男女だと恋愛ばかりで括られるよな、俺らはそれが嫌なんだよ。」
「まぁ、確かにウザいだろうね。」
「思い込みの決め付けが人を殺すんだぜ?」
「…………あー……」

瞬間、言いたい事は何となく伝わった。
火花が散るような短さで光って、網膜の内側に余韻を残す。

人間は強引にレッテルを貼って、本質を理解したつもりになりがち。
自分自身に対しても同じ事が言える。
例えばの話、白を好んでいても「黒が好きそう」と言われ続ければ人は変わる。
「そうかもしれない」と思い込み、やがて白を封じてしまうのだ。
こうして喪失してしまった自我は大きい。

もう一つ例を挙げるなら和磨自身だって。
金髪碧眼に反して英語が苦手な事を笑われたり、からかわれたり。
「出来て当然」と見なされてきたのだ。
中学校で授業の一環になってから更にその声が増えた。

イメージを押し付けられるのは、酷く重い。
そう云う事なのだろう。


「それに、巽と昕守の方がよっぽど付き合ってるみたいじゃねぇ?」

納得していた端から、不意に優が笑った。
妙に余裕綽々で意地悪なくらいに。

「ちょ、僕は昕守君と手繋ぎやらハグした覚え無いよ……!」
「だって都来から話は聞いてるぜ?」

そう云えば、都来と鈴華には「仲が良い」とはよく言われる。
やたら微笑ましそうに。
しかし、優にまで何を伝えたのだろうか。
問い質そうとしても、そろそろやって来る時間切れ。


「……遅くなって悪ィな、始めるぞ。」

唐突に開かれる引き戸、黒巣の低音がお喋りを鎮めた。
此れが終われば今度こそ試験地獄の幕切れ。

義務ならば黙って通り過ぎるのを待つしかあるまい。
先程まで頭を巡っていた諸々は一旦置き去り。
やれやれと首を振ると、やっと和磨が教科書とノートを出す。


そうして鞄を開いてみて、初めて気付いた。
持ち込み禁止なので奥底に隠していた携帯にメール着信ランプ。
学校ではサイレントモードにしている為、確認もまた人気の無い場所で。

アドレス交換をしている相手は少ないので差出人も限られる。
そしてディスプレーに表示されている名前は。

「巽、準備くれェ最初からしとけ。」

教壇に立つ黒巣に横目で注意されて、慌てて体勢を直した。
メールボックスを開く暇なんて無かった。
だからこそ中途半端に気になる。
授業なんて身にならないから、ぼんやり考える事の一つ。

進之介は何の用でメールなんか打ったのだか。

こんなタイミングで来られると少しばかり複雑。
都来や優の言った通りになってしまったようで、負けた気分。



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


小説(BL) ブログランキングへ

スポンサーサイト

2014.12.21