林檎に牙を:全5種類
冒頭の文章、引用元:yaso夜想/特集#「ドール」与偶
生きてるうちは可愛いのに、死んだとたん気持ち悪いという人の気持ちが分からない。
生きていると触れるけど死んでいると触れないっていう気持ちが分からない。
その違いは何なのって思う。
死んでいても可愛いと思う。


此れは、美術室で埃を被っていた雑誌で見つけた一文。
そう語った芸術家は愛犬達が死を迎える度に、そう感じていたらしい。
その気持ちを体現したくて、身体の一部を食べた事もあったと。


芸術家でないので、凛子には全てを理解出来た訳じゃない。
生と死を語るにしてもあまりに青い。

けれど、味わってみたいと云う欲求なら一欠けら。



美しい歌声、本を閉じるシーンと「THE END」で締め括られる物語。
薄型の画面はそれを最後に沈黙した。
そうして、今まで静かに映画で幻想を愉しんでいた学生達は現実へ帰って行く。
チャイムが鳴る前に席を立ち、教室を目指して急ぎ足。

本日のレクリエーションは第二視聴覚室での映画鑑賞。

英語の勉強も兼ねて日本語字幕の「白雪姫」。
教材とは云えども、黒巣が持っていた物だと思うと笑える。
姫を逃がした狩人よりも彼の方がずっと厳めしい。


最後の授業なので急ぎ足になる必要は無い。
教室へ戻っても、後は皆それぞれ鞄を引っ掴んで帰るか部活か。

人が疎らになってきたのも構わず、凛子は席から動かなかった。
老朽化した机も椅子も角が削れてがたがた。
迂闊に触れたら指に棘でも刺さりそうだが、居心地は悪くない。

「お前ェら、いつまで居る気だ……?」
「適当に帰りますのでお気になさらず、先生。」

声を掛けてきた黒巣に手を振り、飽くまで軽くあしらう。
艶々したショートに少し色素の薄い猫目。
均整の取れた細身で中性的な凛子は、一見すれば美少年。
「王子」と呼ばれるのも伊達ではない。
事実、映画の彼と比べても格好良い自信があった。


そうして黒巣を見送ってまで視聴覚室に残る理由。
王子が居るなら、姫君もまた其処に。

「本当、いつまで寝てる気だろうね?」

凛子が問い掛けても返事は無し。
後ろの席で机に突っ伏したまま眠る女子が一人。
青い花のピンで留めたセミロングの黒髪。
色白の頬、寝息を立てている肉感的な赤い唇。

眠り姫の名は、千紗。
待つ義理は無くとも置いて行く事もせず。


「キスしなきゃ起きない、とでも?」
「…………」
「まぁ、それは無いだろうね……、起きてるのなんて知ってるし。」
「……でしょうね。」

凛子の物言いは意地悪く、白々しく。
笑っている気配を察して千紗がやっと口を開いた。

少年のような凛子と並べば、千紗は女性的な面が一層際立つ。
濃い睫毛に黒々とした垂れ気味の眼。
前倒しに体勢を立て直すと机に豊かな乳房が載る。
太ってこそいないが、何処を触っても柔らかそうな身体だった。

おっとりした佇まいの千紗にクラスメイト達は至って好意的。
居眠りしても咎めたりせず、寧ろ微笑ましく見守るばかり。
肉付きが良いので男子からも密かに注目を浴びている。


「それで、起きてたら凛はわたしにキスしてくれないの?」

凛子の猫目を覗き込みながら、千紗が囁く。
既に誰も居ない密室で。

他のクラスメイト達が思っているほど千紗は淑やかでもない。
こう云う事を平気で口にする娘だ、本当は。
イメージ通りに振舞っている方が楽だからと普段は大人しくしていても。
時々それを裏切って、相手の反応を見据える。

曲者の本性を理解しているのは、恐らく凛子くらい。
強く出た千紗に対しても動揺せず。


そうして返答は行動で。
忌々しいくらいに平静を保つ千紗の顔に、手を伸ばす。
ただし、引き寄せる為でない。

余計な言葉を封じるように掌で覆い隠した赤い唇。
白い頬に、凛子の口付けが落ちる。


「……そっちで良いの?」
「怖くて食べられないよ。」

そうこうするうちチャイムが鳴って時間切れ。
帰還を促されて、今度こそ戯れは幕を閉じてしまう。
此処に居るのは王子でも姫君でもない。
セーラー服の少女、二人。

「じゃ、帰りにアップルパイでも食べましょうか。」
「毒が入ってないなら千紗に付き合うよ。」


赤は甘くて美味しそう。
誘惑されようと、毒かもしれないと過ぎって躊躇う。
本当は食べてみたくても。

王子になりたかった。
ふざけ半分に呼ばれるだけでなくて、心から。

あの赤に触れていたら、凛子の望みは叶ったろうか。
食べ頃を逃せばそれっきり。
それでも選択が正しかったか否か分からない、未来は見えない。



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2014.12.28