林檎に牙を:全5種類
それは真白の冬に墨を一滴落としたような朝だった。
他者を気にせず鼻歌を奏でながら、真っ黒なセーラー服の少女が一人。
薄雪で濡れた通学路には椿が花盛り。
浅い足跡を残しながら、ショートブーツの爪先が凍える。


セーラー服とは可愛くても難儀な制服である。
夏は広い襟が重なる分だけ肩が暑く、冬は着込めなくて寒い。

冬服の生地が厚手でも、カーディガンを羽織っても保温性が低いのだ。
故に、大抵の女子は薄くても暖かいインナーも装備する。
首が開いたセーラーの白い襟、鈴華は空色のタートルネックを下に一枚。
ピーコートもタイツも黒いので青が加われば凛とした印象。

「鈴華ちゃん、おっはよ~!」

鞄を抱えて駆けてきた友達に、鈴華が片手を上げながら微笑んでみせた。
都来はピンクのタートルネックにクリーム色のダッフルコート。
甘い色も黒と合わせると程良く引き締まり、都来によく似合っている。

柔らかく身を包む寝床が恋しい冬の朝だろうと、変わらず元気。
明るい青空と降り注ぐ陽光にも都来は似ていて。
鈴華も何となく温かくなってくる。
そうして共に歩みを進めながら、鼻歌の続き。


「ねぇー鈴華ちゃん、今のって何の歌?」

一曲終わるところで、不意に都来の質問が遮った。
合唱部は所構わず歌う習性がある。
かと云って、ヒットチャートには興味を示すとも限らず。
鈴華の歌は知らない物ばかりなので都来も思わず気になったらしい。

余談だが、合唱とカラオケは別物なので上手いとも限らない。

クラスの打ち上げで行った時の事だって。
マイクを押し付けられた鈴華は「大地讃頌」を見事な声量で歌い上げた。
囃していたクラスのお調子者達も、唖然としていたものである。

「オペラの「椿姫」ね。椿が咲いてたから、つい。」

さて、都来からの質問に対して返事が此方だった。
即答せず鈴華は数秒口を閉ざしてから。
半分無意識だったので指摘されると少しばかり恥ずかしい。

「あぁー、コレ椿で良いんだ!山茶花とよく間違えるんだよねぃ。」

純白の雪景色を彩る椿の花。
移ろう四季に敏感な都来は、それぞれの美しさを愛でて愉しむ。
どんなに寒くても艶やかさに思わず笑みが零れてしまう。


土弄りが好きな鈴華は花や木に関する知識も豊富。
頃合いの物を見定めて、椿に触れる。
すると花は無残に散ったりせず、形を保ったままで掌へ落ちた。
昔の人々が斬首を連想した一幕。

「ほら……、山茶花ならバラバラになってしまうもの。」
「おお、そっかぁー!」

知識をひけらかすと云うよりも子供に教える口調。
事実、今の鈴華と都来はそんな空気。

きっと、そのうち都来は優にもそうやって教えるのだろう。
幼馴染にして互いに最愛の相手。
新しく学習した事を得意げに語ってみせる、それもまた子供のように。
背伸びしたがる年頃、こうした素直さは見ていて和む。


掌に落ちた花は可愛らしい薄紅色。
都来の髪に触れるついで、頭に一輪飾ってみせた。

「やっぱりピンク似合うわね、都来さん。」
「ありがとー。でも、あったし自分じゃ見えないよ?」

見上げてみても都来の視界には届かず、やや不満げ。
躍起になる仕草が可笑しい。
髪を絡めているので簡単には落ちない、揺れるばかりの花。


けれど、此れだけで戯れは終わらない。

生垣で立ち止まった都来を追い越してから一歩、二歩。
今度は鈴華の背後に回り込む。
片手に花を隠しているようで、笑った気配。
ああ、お返しと云う訳か。

抵抗するつもりもなく、あちらの方が身長も高いのでされるが侭。
都来の手で鈴華の頭にも椿が咲いたらしい。


「良っし!ピンクはあたしが貰うけど、こっちの色は鈴華ちゃんの方が似合うね。」
「そうかしら……、赤か白か判らないから何とも言えないわ。」

勝ち誇る悪戯っ子に、鈴華は首を傾げるばかり。
正解は教えてくれそうもなかった。

赤なら清楚、白なら華麗。
同じ花でも込められた意味は変わる。
薄紅が都来の物だとすれば椿の色はどちらだろうか。
花を摘まなければ判らない。

それでも、何となくそれは惜しい気持ちになって手が伸びず。
もう少しだけ鈴華は謎のままにしておいた。


雪の冷気が沁みる足では通い慣れた道が遠く感じる。
それでも、いつもの時間にはコートを脱いで机に着いているのだろう。
椿だっていつまでも髪飾りにしていられない。
きっと学校に着く前、それぞれの手で放って雪へ葬る事になる。

ならば、それでも構わない。
冬にしては麗らかな陽光、雪は夕方までに消えてしまう。
此処でじゃれ合った証の花弁だけ残して。



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2015.01.04