林檎に牙を:全5種類
迫る黄昏は教室をドラマチックに塗り替える。

旧校舎最上階の突き当り、第二視聴覚もまた見事な茜色だった。
ひび割れそうなコンクリートと古い木の匂いで時を止めたような空間。
持ち主に手放されてから長い机も椅子も、ゆっくりと錆びていく。


ただ、今此処に存在する紅は夕陽の所為だけでない。
横たわった少女の唇も同じ色。

蒼白の肌によく映えて艶めかしくとも、見た者が息を呑むのは違う理由。
それは口紅にあらず、彼女自身が吐き出した血の色だった。
眠るようになんて穏やかな物ではない。
美しかった面差しは苦悶に歪められ、無残な死に様。


「恐らく毒はコーヒーに盛られていたのね……」
「そんな、じゃあ犯人は……!」

眩しいようで夜に近付く教室は陰影が濃い。
淡々とした鈴華の呟きに、目を見開いた都来が思わず口に手を当てた。
その先、毒を盛った者の名前を呑み込む。


「それじゃ、そろそろ続き流して答え合わせしようぜ?」

緊迫を断ち切って、すぐ横から優が一声。
少女二人に了承を得てからリモコンのボタンを押した。

信号を受け取って、止まっていた薄型テレビの時間が再び流れ出す。
そうして場面は切り替わる。
力尽きて倒れた少女から、相棒の警部と共に現場検証する探偵へ。

本当は、血なんて一滴も流れちゃいない。
紅は撮影用の染料、少女は生きているし、画面に映る全てが作り物。


「お前ェら、コレそんなに面白ェか……?」
「クロさん、自分で選んでおいて水差すのは良くないぜ?」

眉根を寄せる大人に、少年はクールに諭す。
第二視聴覚室の面々は子供騙しなサスペンス映画を全力で楽しんでいた。
鈴華、都来、優、保護者に黒巣。
音声で日本語字幕を選択し、一応は英語の教材代わり。

四人が集まったのは、暇を持て余した放課後の事だった。
昔馴染みのよしみで軽い贔屓。
周りに知られても大きな問題は無いが、秘密とは胸を高鳴らせる。


「鈴華ちゃん凄いね。毒はケーキの方って騙され掛けたもん、あたし。」
「毒を盛るなら味が濃い物よ、彼女にだけ砂糖もミルクも渡されなかったでしょ?」

娯楽に対して貪欲で素直な都来が一番のめり込んでいる。
俳優の死んだふりで手に汗握り、推理の台詞には小さく頷きながらの観賞。
その度、読書家で賢い鈴華は薄々とトリックを見破っていた。
飽くまでも熱中を壊さない程度。

「じゃ、第一の殺人でダイイングメッセージの「R」「B」は?」
「正しくは犯人達の番号、「12」「13」だな。」
「朦朧としてたから、二つが組み合わさってしまったのよ。」

利口な優も真の意味に気付いていた。
元々それほど難しい話でもないので、よく考えれば筋が通った。
一つ一つの説明に都来は耳を傾ける。
散っていたパズルのピースが嵌まり、やがて大きな絵を形作るのを待って。



「えー……、コホン。前から考えてたんだけど、あたしから提案があります。」

その後も驚きや興奮をしっかり味わってからエンドロール。
エンディング曲を背にしながら、都来が立ち上がる。
拳を握ってまで妙に真剣な顔。

さて、用件は何でしょう?
口を開くまで予測不能、鈴華達が大人しく待っていると。

「今此処に、王林中学校・探偵部を設立しようと思うのですがっ!」

例によって、また突拍子もない発言が落とされたものである。
他の面々はどちらかと云えばあまり表情は変わらず。
冷静によるものか呆然か、とりあえず話は最後まで聞くつもり。


「あたしが足として動き、優と鈴華ちゃんが頭となり、顧問にクロさんも居るし!」
「あぁ、それ良いかもな。都来が楽しいなら俺も楽しいし。」
「都来嬢ちゃん、俺は剣道部も受け持ってンだが……」
「クロはそれしか出来ないでしょ、それとも他に何の役に立つのかしら?」

四人の関係は以上の通り。
熱くなる都来に甘い優、意見する黒巣と冷たい鈴華。
成長しても変わらずに保たれてきた空気。

「中学で皆一緒になったし、何か楽しい事出来ないかなって。
 もう二年生だから思いつくまで時間掛かっちゃったけど、コレだ!ってね。」

ただ映画に影響されただけではない、と云う訳か。

時間は止められない、いつまでも中学生ではいられない。
都来なりに学校生活を楽しむ方法を探していた結果。


「そんで、林間学校で露天風呂密室殺人事件とか解決すんのよ!」
「いや都来、露天って時点で解放されてるから。」
「露天は密室じゃねェだろ……」

物騒な意気込みを見せる都来に、優と黒巣が口を挟む。
それも全く同じ内容。
傍観者を決め込んでいた鈴華が小さく吹き出した。
決して、二人に出遅れた訳ではない。

「私が言わなくてもどっちかが言うと思ったから。」

たかが公立中学校の施設である。
林間学校の施設に露天風呂なんて無い、と教えるのは野暮。
解かっているから鈴華はそれだけしか言わず。
表情が乏しい彼女にとっては、心から満ち足りた最上級の微笑。


「はいはい、それでは異論を唱える人は居ますかっ!」

改めて、設立者の都来が決を採る。
返答なんて今更なのに。

「俺は都来の味方に決まってるだろ?」
「それになァ……嬢ちゃん、俺が反対したって無駄だろ。」
「普段無口の癖に余計な一言多いわよね、クロって。」

具体的な活動内容は未定。
暴漢撲滅、窃盗説得、放火魔補導、偽造起訴?
そもそも校内で大事件なんて起こるものなのだろうか。

けれど、学校とは一つの国。
平和そうであっても都来なら何かしら見つけて来るだろう。
日常を楽しく過ごす事に於いて命懸け。
何よりも退屈を嫌う彼女にはそんな力があった。


斯くして、非公式の部活動が此処に生まれた。
まるで秘密基地に集う幼い子供。
厳粛な黒の制服を纏って背伸びしても、いつだって。


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2015.01.12