林檎に牙を:全5種類
本が落ちる雪崩にも似た音に重なり、間抜けな悲鳴。
とある金曜日、昼休み中の図書室は一瞬だけ空気を乱した。


静寂の為の場で騒動が起きれば、小さな事でも注目の的になる。
本を求めて集っていた面々は一斉にページから顔を上げた。
平和な図書室で一体何が起きたのやら。

とは云え大事件など起きちゃいない。
カーペットの上に開いた背表紙と、本の雪崩を頭に受けて蹲る男子が一人。

もし此れが絹を裂くような女の悲鳴だったら緊迫するところ。
しかし、今のは例えるならばせいぜいズボンの尻が破けた程度だろう。
堪えた笑いさえ聴こえてくる。
皆自分の事に忙しいので、一瞥した後は特に気にする様子も無い。

「えーと……、芹沢君、大丈夫ですか?」

それなら心配するのは飽くまで義務。
貸し出しカウンターから抜け出して、図書委員の遼二は声を掛けた。


髪が頭を守る物なら、ベリーショートの彼には大打撃だったろう。
ただでさえ毛先が硬そうに尖っているのだし。
そうして、此方を刺すように睨む三白眼。
鋭い目なので迫力あるが、涙も滲んでいるのでいまいち格好がつかない。

「てめぇ、コレが大丈夫に見えるってか!マジで星飛んだわッ!」
「何だ、喚けるだけ元気じゃないですか。」

芹沢忠臣はクラスメイトの一人だった。
一ノ助とはスイミングスクール仲間だった事もあり、友達の友達。
親密と云う程でも無いが、気が向いたら話す仲。


「あー、痛ぇなもう……、踏み台ドコだよ!」
「隅っこにありましたよ、さっきまで。」

今は他の女生徒が使っているけれど。
そちらを睨むのはお角違いだと、思わず咎めた。

平均より背が低い忠臣は一番上の棚に指先しか届かない。
無理やり取ったものだから、隣の本まで崩れてしまったのが真相か。
よく見れば同じタイトル。
数年前にドラマ化されたミステリー小説、全五巻。

痛みで不機嫌になってしまっている。
ただでさえ感情全部を表に出す忠臣は怒りっぽい。

どうも気が短く注意不足、それゆえ災難に見舞われやすかった。
本が落ちてきたのだって落ち着いて行動すれば免れたのに。
一緒に居る時、そんな事例なら遼二も何度か目撃してきたものである。


「なぁ早未さー、踏み台って増やせねぇの?図書委員の権限で。」
「いや、あっても使わなかったから事故起きたんじゃないですか。」
「二つでも三つでもあればオレだってすぐ見つけられたんデスけどねー。」
「背の高い棚、此の壁しか無いでしょ。不必要。」

口を開くと喧しく、時には嫌味も。
神経質な相手だと喧嘩にもなるが、遼二は忠臣が嫌いではなかった。
色々と分かりやすいので扱い易くもあるし。

それよりも、散らばった本を片付けなければ。
ページが折れたり破けたりしたら大変。
やっと回復した忠臣が手を伸ばすと、面倒ながら遼二も一緒に。
カウンターなら他の当番や司書教諭も居るので問題ない。


「ねぇ、その本戻すなら手伝おうか?」

助けが加わったのは、遼二も聞き慣れた軽快な声。

しゃがんだ体勢のままで見上げてれば男子が一人。
またもやクラスメイト。
望月青葉に笑い掛けられて、忠臣は物凄く嫌そうな顔をした。


学ランの代わり、青葉が羽織っているのはグレーのパーカー。
フードから生えたウサギの長い耳が背中に垂れている。

柔らかそうな外跳ね気味の癖毛に、前歯が大きめ。
パーカーの所為だけでなくますますウサギを思わせていた。
伏し目がちで、男子にしては物憂げな色気。
笑っていても何処か本心が掴めない匂い。


「うわ、何だよ見てたのかよ青葉……」
「ほらほら、良いから貸しなって。僕の身長なら棚に届くし。」
「結構デース!オレはコレ全部借りるからッ!」
「まぁた欲張っちゃって。」

悪友に失態を見られていたとは大恥。
レモンを齧ったような表情の忠臣に対し、青葉は余裕綽々。

いつもの事なので遼二が宥める必要も無し。

青葉と顔を合わせると、忠臣は妙に意地を張りがちだった。
頑なになって引っ込み付かなくなる事もしばしば。
自覚あるのか無いのか、青葉の方も煽る言動をする所為もあり。
からかうと面白いのは解かるけれど。


「芹沢君、こんな一遍に読めるんですか?」
「明日から三連休だろ、こんくらい余裕。」

鼻を鳴らして尖った言い方だが、忠臣はそれだけ読書家だった。
図書室に通ってはジャンルを問わず読み耽っている。
せっかちなので文章をしっかり追っているのか疑問ではあるが。
まぁ、そこは本人の自由か。

しかし、此処で問題が一つ。
そろそろ指摘した方が忠臣の為だろう。

「うちの学校、一度に借りられるのは三冊までなんですよね……」

遼二が呟くと、五冊を抱えたまま忠臣が視線を逸らす。
流石にルールばかりは変えられなかった。
どんなに意固地になったところで、いつかは折れねば。


「今日は三冊までにして、続きは連休明けてから……」
「そーだなー、続きが気になってジタバタしながら火曜日待ちマスよー。」
「ドラマの方をレンタルで借りたらどうです?」
「ネタバレ勧めんなよー、本の面白さ半減するっつの。」

遼二が説得してみても、対する忠臣ときたらこんな有様。
今度は拗ねる辺りやはり面倒な奴である。
とは云え、結局は他人事なので如何でも良かった。
勝手にしなさいと最終手段は放置。

とりあえず前半の三冊までは忠臣に貸し出し決定。
カードに記入する為、カウンターまでは持って行ってやろうと。

「なら、こっちは僕が借りよう。」

すると、後半の二冊を青葉が上から奪った。
負けずに早足でカウンターへ向かう。


「はぁッ?!ひでぇ、続き物を横取りすんのかよ……!」
「違う違う……、そんで僕が忠臣にまた貸せば問題ないでしょ?」
「まぁ、責任持つ限りは何も言いませんけど。」

そう云う事か。

大人ぶった青葉は、子供を相手するように忠臣には甘い。
されども、それはそれ。
自分が借りる後半を差し出しながら、あちらに目線を合わせる。

「ありがとう、は?」
「はいはい……、ありがとうございマス……」

皮肉めいて渋々ながら、やっと忠臣も礼は述べた。
こうして無事に交渉成立。
五冊から成るミステリーに浸り、充実した週末を過ごすのだろう。


何だ、結局のところ仲良いじゃないか。

悪態をついても、小馬鹿にしても、繋がる縁。
人の仲もまた何処か不思議なものだ。
貸し出しカードをチェックしながら、遼二が溜息を吐いた。



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2015.01.25