林檎に牙を:全5種類
「ただいま。」
「……おう。」

遼二が靴を脱いでから最初の一言、家主は僅かに動揺した。
拓真のアパートは確実な足取りで浸食されつつある。
来訪者はもう半ば住人だった。

再び巡って来た週末、バイト上がりの土産を片手に提げて。
店員は割引きになるからとお馴染のシフォンケーキ。


「いつものバナナと、今日からリニューアルしたのでチョコも。」
「ありがとな、今コーヒー淹れるから。」

ケーキの箱を開ける瞬間は密かに胸が躍る。
甘い物なんて見飽きている筈なのに、此ればかりは色褪せず。

「Miss.Mary」のシフォンケーキはそのままだと素朴で優しい味わい。
好きに選べるトッピングが加われば、華やかに彩られる。
今日はホイップクリームで真白の化粧。
どちらも色の違う地肌を隠して、一見するだけでは区別がつかない。

二切れをそれぞれ皿に載せても、果たしてどちらがどちらだか。
フォークを突き立てるまで判らず。
バナナでもチョコでも構わないが、妙に挑戦的な物を感じる。


何にしても外れの無い二択。
コーヒーが香り立つカップで乾杯したら、ケーキの時間。
白いクリームに銀色の切っ先。
やんわり押し返す弾力を以って、澄ました姿が崩れる。

「お、バナナだ。」
「残念でしたね。」

一欠けらでも馴染みのある自然な甘味、冷たいクリームが受け止める。
それだけで充分に満足だと云うのに。

とりあえず呑み込んで、コーヒーを飲んだ訳でもないのに少し眉根を寄せる。
いちいち引っ掛かる物言いは何なのだろうか。
意地悪はいつも通りなので、ただの延長かもしれないけれど。
理由が無いならお手上げになってしまう。


「何だよ早未、機嫌悪そうだな。」
「折角だからチョコ食べて欲しかったかな、と思いまして。」
「俺はどっちでも良かったけど……」
「じゃあ、こっちも分けてあげますね。」

確かに、こうした事が出来るのは家の中だけか。
ケーキの分け合いなんて大抵は女子同士くらいなものである。

ただでさえ、カフェでは遼二の同僚だらけ。
共に食事するだけで拓真はつい人目が気になってしまう。
向かいの恋人が堂々としていても。


一口分を皿に取り分けてくれるのか。
それともフォークで食べさせてくれるのか。

少しだけ甘い期待をしていたら、そんな予想は斜め上で裏切られる。

チョコレートの皿を持ったまま遼二が腰を上げる。
距離を詰めたと思えば、座り込んでいた拓真の前で膝立ち。
見下ろす形で落ちる影。
細い手で塊のケーキを掴み、そのまま口へ押し込んできた。


「…………ッ?!」

抗議したくても、言葉はクリームに呑まれてしまう。
噎せそうになりながら拓真は頬張るしか出来ず。
咀嚼しているうちは窒息しないので、つい必死にもなる。

軽い口当たりにチョコレートの香り。
前よりもビターが効いて、確かに美味しくなっていた。

白に包まれた柔らかな黒、何だか遼二自身にも似ている。

味わうのなら、もっとゆっくりと舌で愉しみたかった。
クリームの化粧が剥がれて唇がべたつく。
手や髭まで汚れても遼二は容赦なし。
上を向かされて、視線は眼鏡越しの黒目から離れないまま。


「沢山食べて下さいね、保志さんの為に買ってきたんですから。」
「…………」

忌々しいくらい楽しげに、遼二が目を細める。
とどめを刺された気分で拓真は諦めた。
この分だと、バナナの方も無理やりに食べさせられそうだ。

甘くて、息苦しくて。
幸せと呼ぶには少しだけ歪なお茶の時間に。



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2015.02.01