林檎に牙を:全5種類
幼い頃、絵本の世界は冒険。
ある時は英雄、ある時はお姫様に目を輝かせて楽しんできた。
そうして親しんできても大人になるうちに色褪せる。
今でもタイトルこそ耳にすれど、細かい内容までは忘れてしまう事も。

例えば。



「すみません、うちの学校って「オズの魔法使い」置いてあります?」

図書室の受付カウンターで和磨が一声投げ掛けた。
とは云え、貸出手続きをする当番の生徒達はただ首を傾げるだけ。
本の管理もデジタルでの時代。
暫しお待ちを、とパソコンで一つ二つ操作した司書教諭が顔を上げる。

「あぁ、そちらの本棚にありますね……、案内しますよ。」

カウンターを抜け出て、和磨に笑い掛ける。
手を煩わせる事になってしまったものの親切は素直に受け取った。


丁寧な対応は生徒の誰にも同じ。
司書の軽海碧はグレーのスーツ姿が多い為かロシアンブルーを思わせた。
名前や端正な顔立ちから誤解も受けるが、男性である。

滑らかな髪は心成しか青を帯びた黒。
年より若く見える細身だが、堅い格好をすれば適度に印象が引き締まる。
猫目や薄い唇はいつも微笑む形。
知的で上品な雰囲気で、女子のファンが多かった。

軽海は容姿が優れている事をまず間違いなく自覚している。
同類だからこそ嗅ぎ分けられるナルシズムの匂い。
あざといものも感じるが、和磨は別に嫌いではなかった。


「どうぞ。」

タイトルは五十音順に並んでいるので一番上の棚。
身長も成人男性の平均より少し足りず、背伸びして取ってくれた。
大きな和磨が自分で手を伸ばすべきだったか。
折角の好意を無下にするようで、大人しく待っていたけれど。

「すみません、ありがとうございました。」
「いいえ、思春期の男の子でも童話読んだりするんですねぇ。」

緩めた口許に手を当てる仕草一つすら優雅。
そんなに可笑しいだろうか。
色素が薄く甘い顔立ちの和磨も、軽海と同じく女性的な空気なのだが。


わざわざ探してまで「オズの魔法使い」の本を求めた事には、理由がある。

今度、美術部で出展するコンクールのテーマは読書感想画。
文学作品なら何でも良いから一枚描けとの事だった。
此の本が浮かんだのは何となく。
昔々、幼い妹達と人形劇を観に行った思い出から。

ただし本当に大雑把な部分しか覚えていない。
良い機会だから原作をきちんと読んでみようと、題材に選んだ。

「オズの国」に飛ばされた少女ドロシーが家へ帰るまでの旅物語。
途中でお供になるのは賢くなりたい案山子、心の無いブリキ、臆病なライオン。
一行はそれぞれ願いを叶えて貰う為、大魔法使いのオズに会いに行く。

此処までなら分かるのに。
はてさて、どんな結末だったやら。


「お供の願いは、旅での冒険を経て手に入った……、ですね。」

あぁ、確かにそんな展開だった気がする。

ラストシーンの欠片を思い出したが、和磨は少し困った顔をした。
読む前に口頭で教えられてしまってはつまらない。

「ちょ……、ネタバレしちゃ駄目だよ、軽海さんてば。」
「おや、失礼。つい口が滑ってしまいまして。」

謝罪を口にしても、慌てた様子はあまり見られない。
きっと悪戯心からの故意だろう。
本当は和磨もそれほど気にしないし、別に構わないけれど。
重くない溜息で受け流した。

「まぁ、その辺は古典的なオチだけどさ。」

誰かに与えてもらわなくても、欲しい物は自分の中に。
青い鳥でもお馴染な童話の原理。
それは王子のキスで姫君は呪いが解ける事と同じか。


「変わらなくても、それはそれで幸せだったかもしれませんけどねぇ。」

どんな意図があってか知らないが、軽海は斜に構えた見方。

皮肉っぽい物言いをしたがる年頃でもあるまいし。
寧ろ中学生である和磨ぐらいが背伸びして口にしそうなものを。
それとも、賛同するか如何か引き出そうとしているのか。

「案山子に脳があったら猟奇事件みたいですし、臆病なライオンだって可愛いでしょう?」
「どうかな、本人が現状に満足してないなら不幸せだと思うけど。」
「手に入れた事で別の苦労もしますよ、特に心なんて。」
「軽海さん、何か嫌な事でもあったの……?」

「内緒です」と綺麗に微笑まれて会話は途切れる。
興味を抱いても有無を言わさずに封じてしまう、そんな類。

訊ねておいて何だが、実のところ応えなんて要らなかった。
甘く苦く経験を経てきた大人には事情もあるだろう。
半分程しか生きてない中学生の和磨に明かされても困る。
そもそも大して親しい訳でもないのに。


喜怒哀楽こそが人の魅力ではないのだろうか。
心が無い事を幸せだなんて思えない。
好きも嫌いも、自分の感情に素直な和磨には。

「心が無い人に惹かれたりしないから解らないよ、僕には。」

その言葉は覆るとも知らず。
数年後、少年ドロシーは金色の瞳を持つブリキに恋をする。



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2015.02.04