林檎に牙を:全5種類
女の涙は男にとってガラス片ほどの殺傷力を持つ。
恋愛対象であろうと無かろうと。

放課後、今日の遼二は何となく足取り重く帰路を辿っていた。
こんな時は煙草が恋しくて堪らない。
まだ人通りが多いので、吸殻の缶はポケットに隠したままだが。

それもこれも原因は片手の中、先程打ち壊したばかりの恋心。
包装紙のワインレッドが少し目に痛いチョコレートの箱。


三年生のバレンタインデーとはどうも妙な熱気を持つものらしい。
卒業間近だからと恋する乙女達は勝負に出るのだ。
受験から解放された生徒も多いのだ、勢い余ってお祭り気分。

義理や友情で交換するうちなら楽しいだけで済む。
問題は告白を伴う類である。
勇気を出した結果、実る事もあれば砕ける事もあり。
そして失恋とは少なからずお互いの心に損傷を負う、一方通行でも。


涼しげで整った顔立ちに大人びて落ち着いた立ち振る舞い。
女子に興味が無い分、無駄な下心を抱かず接せられる。
成績こそ居眠りから引かれてしまうものの、頭だって悪くない。
そんなところから遼二は好意を寄せられがち。
憧れか本気かは分かれるものの。

そして今日、転校してきてから三人目の告白を受けてしまった。
頭を下げて断る事しか出来ないのに。

折角だから、チョコレートだけでも受け取って欲しいと押し付けられた。
持ち帰って一人きりで食べるのは辛いからと。
それは遼二だって同じなのに。
想いの残骸を託して、泣きながら去って行った乙女が恨めしい。


「お、りょんじゃねェか。何だよ先帰っちまって。」

ぼんやり煙草を咥える為の神社へ寄ろうとしたら、一ノ助に見つかった。
帰る方向が同じなので申し合せなくても遭遇する事がある。


いつもの調子で軽く言うが、理由は流石に察したようだ。
どんなに鈍かろうと今日が何の日か知っていれば。
今更慌てて隠したって仕方ない。
よく目立つ真っ赤な箱、もう経緯なんて説明要らず。

「あァ……、青春してたンか。」
「断りましたけどね。」

女子だったら「誰に」や「何故」と喧しくなるところだろう。
訊かない辺り、興味が無いと云うより遼二の事を解かっているから。
いちいち答えてやるほど優しくないと。


友達から、に限った話なら一ノ助もチョコレートを複数貰っていた筈。
何だかんだで付き合いやすい奴なのでクラスでも盛り上げ役。
元気が良い類の女子達ともよく談笑している。
異性として意識はされなくても。

想いが詰まったチョコレートを渡されたのは、同性愛者である遼二。
何だか皮肉なものを感じて苦笑した。

「もう食べちゃおうかな……、此れ。」

溜息ついでに、遼二は独り言を零してしまう。
家まで持ち帰るには重すぎた。
普段ならそこまで繊細な神経でもないのに。

「ん、りょん腹減ったか?そうだなァ、俺も自分のチョコ食いたい。」
「飽くまでおやつなんですね、大河の場合……」

呑気な返事に半ば呆れつつも今はありがたくもある。
何にせよ、少し寄り道していく事は決定。
何処にしようかと相談しながら、のらりくらり足を進める。


最初の目的地だった神社から少し逸れれば住宅街。
一軒家やアパートに囲まれて静かな中、公園のベンチを選んで腰を下ろす。
寒さに負けず遊び回る小学生がやたら眩しい。
ついこないだの事だった筈なのに、もう子供で居られないのだと思うと。

ワインレッドを剥がせば、黒地に金色の印刷で洒落た箱。
チョコレートなんて甘いばかりではない。
何処ぞのブランドか、一つずつ丁寧に包装されて高級感のあるビター。

あまり気が進まない指で摘まんだ一枚。
紙に包まれていたのは、石畳にも似た艶々の暗褐色。

薄い板が奥歯で砕ける。
舌触り甘いが、苦味を含んで適度な粘り。
カカオに混じり合う慣れない洋酒の風味を残して。


手作りでないだけ安堵したが、実のところ遼二の好みではない。

甘い物が苦手そうだとは時々言われる。
幼い頃から抑制されて、本当は飢えているくらいなのに。
贈り主もまた表面上でしか物を見なかった結果か。
事前に欲しい物を訊ねなければ、プレゼントは自己満足になる。

「どォよ、美味ェか?」
「なかなか罪深い味ですね……」

友達からの心遣いを美味そうに頬張っている一ノ助が問う。
頷く事が出来ない遼二は、ただ一つだけ呟いた。

同性しか愛せない事を罪とは思わないが、今ばかりは考えさせられる。
乙女を泣かせてしまった罰を受けている気分。
もう終わりにしたくて、また一つ彼女の恋心に歯を立てた。



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2015.02.10