林檎に牙を:全5種類
図書室は古い紙やインクが独特の匂いを作る場所。
懐かしいような、落ち着くような。
硬い絨毯に靴下一枚の足では爪先から冷え切ってしまう。
暖房も適度に効かせており、真冬は実に快適。

「ねぇ忠臣、もしかしてチョコ持ってる?」

だからこそ、他の匂いが混じると察知は敏感。
ただでさえ鼻が利く方なのだ。
嗅ぎ付けた青葉が首を傾げて訊ねると、忠臣が本から顔を上げた。

そうしてポケットを探って、途端に苦々しい表情。
匂いの甘ったるさとは裏腹に。


「あー……、ヤバい、忘れてた……」

腫れ物でも扱うかの手で取り出した、ポケットの中身。
赤いアルミ箔の包みは形が崩れかけ。
隙間からチョコレートが滲み、忠臣の指先も褐色。

暖かい部屋、服の内側にあるポケットは更に温度が高い。
チョコレートは溶けると匂いが強くなる。
しかし、それだけでないような。
甘くても鼻の奥をツンとする、洋酒も混ざっていた。


「芹沢君、図書室は飲食禁止ですよ。」

三年間も入り浸りなので司書の軽海とも顔馴染み。
不意の声で肩を叩かれ、忠臣は実に申し訳なさそうだった。
本を愛する生真面目な性格。
自分が規則を破ってしまうなど、一生の不覚にも感じるのだろう。

「ス、スミマセン……」
「いえ、まだ食べてないならセーフですけど。そうですねぇ……」

頭を下げる忠臣を軽く宥めて、軽海が少し考える仕草。
それから手招きでこっそりと図書室の奥に誘う。


この場合、忠臣だけなのか青葉もなのか。
とりあえず着いて行けば、予備の椅子が積まれた横に扉が一つ。
鍵で開けると、軽海が唇に人差指を立てて声を潜める。

「此処で食べちゃって下さい、特別ですよ?」

部屋に三人揃ったところで、再び閉ざされる扉。
チョコレートを捨てるには勿体ないし、ベタベタの指では本が汚れる。
追い出す事もせず、他の生徒から避けて通された隠し部屋。
よほど軽海に信用されているらしい。

「図書室ではVIP待遇なんだね、忠臣。」
「オレの日頃の行いデスよ。」


扉があるとは知っていても、普段は閉ざされて意識した事なかった。
図書室から直通になっていたのは本棚で囲まれた空間。
ファイルや本が押し込まれて、埃を被っている物から真新しい物まで。

「お茶要りますよね?水汲んできますけど、他の物には触らないように。」

電気ケトルを手にして、廊下に通じる扉を開けた軽海が釘を刺す。
青葉が頭の中で学校の地図を描く。
そう云えば、あちら側からは水道が近かったか。

此処は資料室兼軽海の控室と云ったところか。
机の上には資料の山。
その傍ら、小さなテーブルにコーヒーのセット。
私物化されているのは言うまでも無し。


今まで無人だった部屋は寒々しくて、青葉がパーカーを着込み直す。
チョコレートは此れ以上溶けなくて済みそうだが。

「で。忠臣、誰に貰ったの?」

バレンタインデーに男子がチョコレートを持っていたのだ。
まず間違いなく贈り物。
ポケットに入れて肌身離さず持っていたなんて、よほど大事なのか。

黙認されつつも、学校にお菓子を持ってくる事自体あまり良くないのに。
アルコール度数のある物なんて冒険にも程がある。

昔から社交的な青葉に、本を読み耽ってばかりの忠臣。
決して友達が居ない訳でもないが。
貰ったチョコレートの数など比べるまでも無し。


すぐ意地を張る忠臣の事だ。
教えてくれるとは最初から思ってなかったけれど。

「…………お前に。」

赤い包みを差し出されて、仏頂面。
滅多な事でペースを崩さない青葉も流石に動揺した。
今、何を言われたのか。


「え?忠臣、僕の事好きなの?」
「違ぇよバカ!姉ちゃんからの預かり物!」

脳天を手刀打ちされたところで、やっと合点が行った。
ああ、何だ、そう云う事か。


青葉と忠臣は長い付き合い、昔は兄弟ぐるみでもよく遊んだ。
お互いに姉妹が居るのでそちらも仲が良い。
なので知っているが忠臣の姉も悪戯好きと云うか、そんな性格。
ボンボンチョコを選ぶくらいはする。

「出掛けに頼まれたけど……お前、朝から女子に囲まれてたし。」
「そうだねぇ、あらぬ誤解も受けそうだ。」

投げてでも軽く寄越せば済む物だろうに。
渡せなくて居心地悪そうにしていたと思うと、今更笑える。
唇が綻んだら忠臣に睨まれた、此れもいつも通りに。


「じゃ、ありがたくいただくよ。」

溶けてしまっても、チョコレートはチョコレート。
手が触れ合って忠臣から青葉へ。
器用に指先で包みを破くと、慎重に口腔へ放り込む。

じゅわっと溢れたリキュール。
深い苦みで痺れた舌先に、チェリーが転がり出る。
鼻腔を刺激してくる甘い香り。
歯で砕くまでもなく、チョコレートは崩れた。

「ワァオ、義理でも愛情ビンビン感じちゃう。」
「もう酔ってんデスか?」

指先に残った褐色を舐め取りながら、忠臣が眉根を寄せる。
秘密基地で大人の味。
内緒事を共有した、15歳のバレンタインデー。



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2015.02.11