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夜中の空気は澄んで、そろそろ肌寒くなってくる季節。
ほんの二ヶ月前までは着飾って悪魔を演じていた時間だったのに。
舞台から降りた後は大人しく寝床で過ごすようになっていた。
明日は学校もあるし、ただでさえパソコンを使うので休息が必要。
それなのに寝付けなくて七海の溜息が闇に溶ける。
昼間、ホテルで秋一と抱き合った後によく眠ってしまった所為か。
それこそベッドから出たくないくらいだった。
体温が恋しいと云う程寒い訳でもないのに、妙に寂しい。
隣の布団、闇と同化して深く眠っている烏丸が羨ましい。
共に進学してからルームシェアしてきた。
遠慮のない関係なので寝室も一緒。
生活する上のルールも簡単な物ばかりで問題なかった。
ラブホテルを改装した建物らしいので地元出身の住人は少ない。
ベースとギターで音楽をやる者同士、ヘッドホンでも練習出来るが防音が決め手。
住み慣れてきた家だが、あと半年ほどで卒業。
今まで通りともいかなくなるだろう。
それぞれの道を行けば、烏丸とも別れる時が迫っている。
もう準備期間中なのだと思うと、余計に落ち着かない。
眠れない所為で考え事ばかり。
いつまでも無茶や馬鹿をやっていられないのだと。
「いつも眠そうだよね、やっくんて。」
「将来について考えてたらな……」
渋い表情と相まって、七海が友達に返した声はやたら低音。
よく眠れなくても構わずに明日は来る。
ぼんやりしたまま午前中の授業は終わって、昼休みの事。
パソコンに向かう時は飲み食いも忘れて集中するものだが、睡魔には勝てず。
重い瞼に目薬を差して頑張った後。
あまり味わいもせず昼食を搔き込んで、机に突っ伏していた。
残り時間は仮眠して過ごそうと決めていたのだ。
午後のチャイムが近いものの、まだもう少しこのままで居られた筈。
起こされてしまったので友達の声が恨めしい。
「まぁ、ちょっと……犬の事とかも。」
流石に「彼氏が出来た」なんて口に出来なかった。
七海と秋一の間に居た烏丸は別として。
なので、話題にする時は便宜上"犬"とさせてもらっている。
本人には悪いが、巧い例えではあると思う。
悩みの根底には秋一が居るのだ、結局のところ。
「ああ、例のワンコだっけ?飼い主居ないならやっくん飼えば良いのに。」
「デカすぎんだよ、あいつ……そもそもうちはルームメイト居るし。」
簡単に言ってくれる、と苦笑した。
それとも秋一が本物の犬だったらこんなにも悩まなかったろうか。
背負う問題の重さが全く違ってくる。
「可愛がるだけ可愛がって、責任持たない方がどうかと思うよ?」
「ワンちゃんは家族!」
「一緒に過ごす生活って素晴らしいよ!」
一人が言えば、愛犬家の友達が立て続けに。
第三者に言われると刺さる。
そうこうしている間にチャイムが午後を告げる。
始まった授業も何処か上の空、再び七海は頭を抱えてしまった。
考えるまでもなく三人で住むなんて無理。
カップルと独り身、男性同士だろうと巧く行く訳がない。
どうやっても関係が軋んですぐ壊れる。
何よりも七海自身が嫌だ。
それならば。
「番長、大事な話があります。此れ受け取って下さい。」
「サスペンスならヤバイ手紙の流れだよな……?」
一日終えて両者が並んだ自宅。
鞄を下ろして一息吐いた烏丸に、七海が厚い封筒を差し出した。
中身は顔を揃えた福沢諭吉。
帰り道にコンビニへ寄ったのはATMに用があって。
「半年分の家賃半分。そっから先は今のバイト先で就職決まってるなら払えるだろ?」
急な話でも、表情が硬い烏丸に驚きはあまり見られない。
ただ黙って受け止めるだけ。
珍しく先走っていると七海は自分でも思う。
悩むのも疲れて此れが答え。
此処を出て、もっと広い部屋で秋一と共に生活したい。
そうでなくても近いうちに一人ででも暮らそうと。
巣立つのは、新しい家が見つかり次第。
覚悟を決めたら何となく気分もすっきりした。
ただ気に留めていたのは、残していく烏丸の事である。
今まで家賃は半分ずつ。
途中退去で一人になったら払き切れず、彼も此処を出ていく可能性。
烏丸の方が此処を大変気に入っているのだ。
そうなってしまったら申し訳が立たない。
纏まった金を用意しようと思えば、七海は出来ない事も無い。
一年間もキャバクラで貯め込んだのだ。
金銭感覚が可笑しくなりそうで、なるべく手を付けずにいた。
使うとしたら、今がその時。
「で……、もう東さんとも話し合ったんだよな?」
「あぁ、勿論。放課後に電話で軽くだけど。」
「そうだよな……、先に部屋決めてサプライズで鍵渡すとか漫画でありそうだなと。」
「秋一と似たような事言うんやね、番長。」
口許が綻んで、少し伸びていた七海の背筋から力が抜けた。
気が合うのは烏丸と秋一も同じか。
けれど、変わらないままで一緒には居られない。
こうして同じ部屋で過ごすのも。
感傷的になっても良いだろうか、今だけは。
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ほんの二ヶ月前までは着飾って悪魔を演じていた時間だったのに。
舞台から降りた後は大人しく寝床で過ごすようになっていた。
明日は学校もあるし、ただでさえパソコンを使うので休息が必要。
それなのに寝付けなくて七海の溜息が闇に溶ける。
昼間、ホテルで秋一と抱き合った後によく眠ってしまった所為か。
それこそベッドから出たくないくらいだった。
体温が恋しいと云う程寒い訳でもないのに、妙に寂しい。
隣の布団、闇と同化して深く眠っている烏丸が羨ましい。
共に進学してからルームシェアしてきた。
遠慮のない関係なので寝室も一緒。
生活する上のルールも簡単な物ばかりで問題なかった。
ラブホテルを改装した建物らしいので地元出身の住人は少ない。
ベースとギターで音楽をやる者同士、ヘッドホンでも練習出来るが防音が決め手。
住み慣れてきた家だが、あと半年ほどで卒業。
今まで通りともいかなくなるだろう。
それぞれの道を行けば、烏丸とも別れる時が迫っている。
もう準備期間中なのだと思うと、余計に落ち着かない。
眠れない所為で考え事ばかり。
いつまでも無茶や馬鹿をやっていられないのだと。
「いつも眠そうだよね、やっくんて。」
「将来について考えてたらな……」
渋い表情と相まって、七海が友達に返した声はやたら低音。
よく眠れなくても構わずに明日は来る。
ぼんやりしたまま午前中の授業は終わって、昼休みの事。
パソコンに向かう時は飲み食いも忘れて集中するものだが、睡魔には勝てず。
重い瞼に目薬を差して頑張った後。
あまり味わいもせず昼食を搔き込んで、机に突っ伏していた。
残り時間は仮眠して過ごそうと決めていたのだ。
午後のチャイムが近いものの、まだもう少しこのままで居られた筈。
起こされてしまったので友達の声が恨めしい。
「まぁ、ちょっと……犬の事とかも。」
流石に「彼氏が出来た」なんて口に出来なかった。
七海と秋一の間に居た烏丸は別として。
なので、話題にする時は便宜上"犬"とさせてもらっている。
本人には悪いが、巧い例えではあると思う。
悩みの根底には秋一が居るのだ、結局のところ。
「ああ、例のワンコだっけ?飼い主居ないならやっくん飼えば良いのに。」
「デカすぎんだよ、あいつ……そもそもうちはルームメイト居るし。」
簡単に言ってくれる、と苦笑した。
それとも秋一が本物の犬だったらこんなにも悩まなかったろうか。
背負う問題の重さが全く違ってくる。
「可愛がるだけ可愛がって、責任持たない方がどうかと思うよ?」
「ワンちゃんは家族!」
「一緒に過ごす生活って素晴らしいよ!」
一人が言えば、愛犬家の友達が立て続けに。
第三者に言われると刺さる。
そうこうしている間にチャイムが午後を告げる。
始まった授業も何処か上の空、再び七海は頭を抱えてしまった。
考えるまでもなく三人で住むなんて無理。
カップルと独り身、男性同士だろうと巧く行く訳がない。
どうやっても関係が軋んですぐ壊れる。
何よりも七海自身が嫌だ。
それならば。
「番長、大事な話があります。此れ受け取って下さい。」
「サスペンスならヤバイ手紙の流れだよな……?」
一日終えて両者が並んだ自宅。
鞄を下ろして一息吐いた烏丸に、七海が厚い封筒を差し出した。
中身は顔を揃えた福沢諭吉。
帰り道にコンビニへ寄ったのはATMに用があって。
「半年分の家賃半分。そっから先は今のバイト先で就職決まってるなら払えるだろ?」
急な話でも、表情が硬い烏丸に驚きはあまり見られない。
ただ黙って受け止めるだけ。
珍しく先走っていると七海は自分でも思う。
悩むのも疲れて此れが答え。
此処を出て、もっと広い部屋で秋一と共に生活したい。
そうでなくても近いうちに一人ででも暮らそうと。
巣立つのは、新しい家が見つかり次第。
覚悟を決めたら何となく気分もすっきりした。
ただ気に留めていたのは、残していく烏丸の事である。
今まで家賃は半分ずつ。
途中退去で一人になったら払き切れず、彼も此処を出ていく可能性。
烏丸の方が此処を大変気に入っているのだ。
そうなってしまったら申し訳が立たない。
纏まった金を用意しようと思えば、七海は出来ない事も無い。
一年間もキャバクラで貯め込んだのだ。
金銭感覚が可笑しくなりそうで、なるべく手を付けずにいた。
使うとしたら、今がその時。
「で……、もう東さんとも話し合ったんだよな?」
「あぁ、勿論。放課後に電話で軽くだけど。」
「そうだよな……、先に部屋決めてサプライズで鍵渡すとか漫画でありそうだなと。」
「秋一と似たような事言うんやね、番長。」
口許が綻んで、少し伸びていた七海の背筋から力が抜けた。
気が合うのは烏丸と秋一も同じか。
けれど、変わらないままで一緒には居られない。
こうして同じ部屋で過ごすのも。
感傷的になっても良いだろうか、今だけは。
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2015.02.13 ▲
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