林檎に牙を:全5種類
夜中の空気は澄んで、そろそろ肌寒くなってくる季節。
ほんの二ヶ月前までは着飾って悪魔を演じていた時間だったのに。
舞台から降りた後は大人しく寝床で過ごすようになっていた。

明日は学校もあるし、ただでさえパソコンを使うので休息が必要。
それなのに寝付けなくて七海の溜息が闇に溶ける。

昼間、ホテルで秋一と抱き合った後によく眠ってしまった所為か。
それこそベッドから出たくないくらいだった。
体温が恋しいと云う程寒い訳でもないのに、妙に寂しい。


隣の布団、闇と同化して深く眠っている烏丸が羨ましい。
共に進学してからルームシェアしてきた。
遠慮のない関係なので寝室も一緒。
生活する上のルールも簡単な物ばかりで問題なかった。

ラブホテルを改装した建物らしいので地元出身の住人は少ない。
ベースとギターで音楽をやる者同士、ヘッドホンでも練習出来るが防音が決め手。
住み慣れてきた家だが、あと半年ほどで卒業。
今まで通りともいかなくなるだろう。
それぞれの道を行けば、烏丸とも別れる時が迫っている。

もう準備期間中なのだと思うと、余計に落ち着かない。
眠れない所為で考え事ばかり。
いつまでも無茶や馬鹿をやっていられないのだと。




「いつも眠そうだよね、やっくんて。」
「将来について考えてたらな……」

渋い表情と相まって、七海が友達に返した声はやたら低音。
よく眠れなくても構わずに明日は来る。
ぼんやりしたまま午前中の授業は終わって、昼休みの事。


パソコンに向かう時は飲み食いも忘れて集中するものだが、睡魔には勝てず。
重い瞼に目薬を差して頑張った後。
あまり味わいもせず昼食を搔き込んで、机に突っ伏していた。
残り時間は仮眠して過ごそうと決めていたのだ。

午後のチャイムが近いものの、まだもう少しこのままで居られた筈。
起こされてしまったので友達の声が恨めしい。

「まぁ、ちょっと……犬の事とかも。」

流石に「彼氏が出来た」なんて口に出来なかった。
七海と秋一の間に居た烏丸は別として。
なので、話題にする時は便宜上"犬"とさせてもらっている。
本人には悪いが、巧い例えではあると思う。

悩みの根底には秋一が居るのだ、結局のところ。


「ああ、例のワンコだっけ?飼い主居ないならやっくん飼えば良いのに。」
「デカすぎんだよ、あいつ……そもそもうちはルームメイト居るし。」

簡単に言ってくれる、と苦笑した。
それとも秋一が本物の犬だったらこんなにも悩まなかったろうか。
背負う問題の重さが全く違ってくる。

「可愛がるだけ可愛がって、責任持たない方がどうかと思うよ?」
「ワンちゃんは家族!」
「一緒に過ごす生活って素晴らしいよ!」

一人が言えば、愛犬家の友達が立て続けに。
第三者に言われると刺さる。


そうこうしている間にチャイムが午後を告げる。
始まった授業も何処か上の空、再び七海は頭を抱えてしまった。

考えるまでもなく三人で住むなんて無理。
カップルと独り身、男性同士だろうと巧く行く訳がない。
どうやっても関係が軋んですぐ壊れる。
何よりも七海自身が嫌だ。

それならば。




「番長、大事な話があります。此れ受け取って下さい。」
「サスペンスならヤバイ手紙の流れだよな……?」


一日終えて両者が並んだ自宅。
鞄を下ろして一息吐いた烏丸に、七海が厚い封筒を差し出した。
中身は顔を揃えた福沢諭吉。
帰り道にコンビニへ寄ったのはATMに用があって。

「半年分の家賃半分。そっから先は今のバイト先で就職決まってるなら払えるだろ?」

急な話でも、表情が硬い烏丸に驚きはあまり見られない。
ただ黙って受け止めるだけ。


珍しく先走っていると七海は自分でも思う。
悩むのも疲れて此れが答え。
此処を出て、もっと広い部屋で秋一と共に生活したい。
そうでなくても近いうちに一人ででも暮らそうと。

巣立つのは、新しい家が見つかり次第。
覚悟を決めたら何となく気分もすっきりした。


ただ気に留めていたのは、残していく烏丸の事である。
今まで家賃は半分ずつ。
途中退去で一人になったら払き切れず、彼も此処を出ていく可能性。
烏丸の方が此処を大変気に入っているのだ。
そうなってしまったら申し訳が立たない。

纏まった金を用意しようと思えば、七海は出来ない事も無い。
一年間もキャバクラで貯め込んだのだ。
金銭感覚が可笑しくなりそうで、なるべく手を付けずにいた。
使うとしたら、今がその時。


「で……、もう東さんとも話し合ったんだよな?」
「あぁ、勿論。放課後に電話で軽くだけど。」
「そうだよな……、先に部屋決めてサプライズで鍵渡すとか漫画でありそうだなと。」
「秋一と似たような事言うんやね、番長。」

口許が綻んで、少し伸びていた七海の背筋から力が抜けた。
気が合うのは烏丸と秋一も同じか。

けれど、変わらないままで一緒には居られない。
こうして同じ部屋で過ごすのも。
感傷的になっても良いだろうか、今だけは。


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2015.02.13