林檎に牙を:全5種類
「庄子先生、これ……」
「わざわざすまんな、感謝する。」

どんなに2月の風が吹き荒れても、暖房が効いて快適な事務室。
帰り支度をしていた庄子に拓真は紙袋を渡した。

バレンタインデー、男に贈り物をするのは初めてかもしれない。
いや、そう言い表してはあまりに大仰か。
確かに中身はチョコレート、けれどそれだけでない。
お菓子のレシピが書かれたメモと材料、道具。


経緯を説明すれば、事の発端は庄子から。

1月後半から2月の今日まで、製菓コースは何処の実習もチョコレートばかり。
洋菓子は勿論、和菓子もパンも甘い褐色に染まって。
講師を勤めている拓真も飽きるくらい食べるので、庄子にもケーキを分けた。
家に持ち帰ってみたところ奥方が大変気に入ったらしい。

また拓真が同じ物を作っても良いが、それでは面白味が無い。
幸い混ぜて焼くだけなので今度は庄子が作る事にした。
夫から妻へ、バレンタインの贈り物。

「渡しておいた材料費足りたか?」
「あぁ……はい、レシートとお釣りも封筒で一緒にしときましたから。」

製菓材料や道具は特殊な物もあるので其処も面倒看た。
拓真にとって父親と同年代が多い職場の中、庄子は5歳上で若い方。
しかし、学生時代には彼からフランス語を教わっていたのだ。
目上と云う点は変わらず、飲みに行く仲になっても未だに少し緊張する相手。


職場がチョコレートだらけなので、せめて外では解放されたいのに。
此の時期は買い物が少しばかり煩わしい。
何処のスーパーやショッピングモールなどでもバレンタインフェア。
ただでさえ拓真は何となく肩身が狭い空間。
可愛らしいチョコレートの集合体は男を締め出してしまう。

職業柄、確かに関心で目を奪われるが腑に落ちない。
そもそも男に贈る物ではないのだろうか。
自分が食べる為だったり、女同士で交換する方が主流になりつつある。


「そりゃ……、「可愛い」と「美味しそう」の感性は凄く近いからな。」

愚痴っぽく呟いたら、庄子は理解したように反論した。
ほとんど垂れ流しの雑談だったので返事など要らなかったのだが。

「お菓子は外見が大事なんだろう?可愛いと思われなければ手に取って貰えん。」
「まぁ、そうですけどね……シンプルで美味いのでも良いんじゃ。」
「店頭に並んだら勝負だからな、一目惚れが物を言う場だぞ。」
「そう云う物ですか……」

拓真が言いたかった事は少し違ったけれど。
庄子には強引でも納得させられる力があって、曖昧に頷いた。
流されたと云うべきか、何と云うか。

所詮、拓真は学校の場だけで作っている身である。
質素でも豪華でもお菓子はお菓子。
皆で作って食べて、そこに金銭の勝負事は絡まないのだ。
販売した経験が無いので其処を突かれると痛い。


「「愛でたい」と「食べたい」は密接と云う意味だ……
 ちなみに、英語では深いキスを「eat」と表現する事もある。」

考え込む仕草になったら、庄子に肩を叩かれた。
まさか拓真が重く受け止めるとは思っていなかったのだろう。
彼の反論だって飽くまでも世間話の一環。

「……だから、お前が恋人を食べたいと思っても普通の感性だからな?」
「庄子先生、下世話な方向に持ってかないで下さいよ……」

冷たいくらい落ち着いている庄子も愛妻家。
思考が恋愛に結び付きやすい。
薄い唇の綻びと、もう一度拓真に礼を述べてから立ち去った。
チョコレートケーキを振舞う為に。




「保志さん、何だかお疲れですか?」
「いや、ちょっとな……」

帰宅してから、実習のチョコレート菓子とコーヒーで一息入れていた時。
隣でカップの湯気を吹いていた遼二が首を傾げる。
下らない話なので、拓真は黙って甘い物で口を塞いだけれど。

製菓コースでフランス語が教科に加わるのは二年生から。
同じ校舎に居ても面識があるとも限らず。
下手すると、遼二は庄子の顔すらも知らないだろう。
一から説明したところで、聞いていて大して面白くも無いか。


誤魔化すつもりでお菓子を頬張っていたら、遼二の視線。
疚しい事があった訳でもないのに何だろうか」。
さりとて、問い詰める様子も無い。

行動に移したのは咀嚼した物を呑み込んだ頃。
甘くなった拓真の口許、遼二がチョコレートを舐め取った。


「何だか……、保志さんが美味しそうだったので。」

庄子の言葉が今頃になって深く刺さる。
してやられた、と敗北感。
それすら甘くてむず痒くて、沈んでしまえば心地良い。



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2015.02.14