林檎に牙を:全5種類
放課後になる頃、今朝の雪は太陽が溶かしてしまった。
ただ、跡形もなく全てを消し去った訳じゃない。
しっとり湿った田舎道に土の匂い。

日陰に咲いた椿の花はまるで蜜を零したように艶々と。
一つだけ摘めば鈴華の指先が冷たく濡れる。
先日都来の髪に飾ってみた物と同じ、愛らしい薄紅色。
そのままの形を保って掌の上。

「鈴華さん、何してんの?」
「都来さんにお土産。」

優に返事してから、肩を並べて同じ歩調。
或いは彼でも似合うかもしれない。
硬そうな黒髪に視線を移し、鈴華は口許だけで笑った。


色恋沙汰で騒がしい思春期、男女で帰宅するだけで噂話の種。
そうなったら多少煩わしい事にもなるが、本人達は気にしない質。
一緒に歩くのは目的でなく手段。
八鹿家の隣、風邪で休んだ都来の家に行くついで。

春は近付いている筈でもまだ太陽は早足で沈んでいく。
寄り道するのだ、急がねば家に着くのは夜になる。

鞄には担任の黒巣から頼まれたプリント類。
二日休んだ見舞いで花は大袈裟かもしれないが、一輪なら丁度良いか。
此の道で戯れたのもほんの最近。
一人でも平気な鈴華も、都来が居ないと何となく寂しい。


「ふぁ……ッくし!」

不意に、優がくしゃみを一つ。
引き上げたマフラーで冷えた鼻先を隠した。
ただ冷え込んだ所為か、それでも。

「優さん、椿と山茶花の違いってご存知?」
「椿は花弁が崩れないんだろ?」

鈴華の口にした質問に対して、回答は淀みなく。
優が知っていた事を驚かなかった。

「て、鈴華さんが都来に教えたんだろ。俺にもドヤ顔で教えてくれたぜ?」

愛しい少女の笑みを思い出して、優も口元を緩めた。
涼しげな態度を貫く彼が唯一見せる隙。
そこから滲むものは、誰も間違いようがなく愛。


「私ね、優さんが女の子でも都来さんの事が大好きだったと思うわ。」
「そうだな……、今現在でも性別間違われるし、嫌だから複雑だけど。」

整った顔立ちに、都来よりも少し小さい背丈。
学ランでなくセーラー服を着ていたとしても映えただろう。
渋い表情を作りつつ優は頷く。
コンプレックスを差し引いても、彼女に対する愛は絶対だと。

しっかり手を繋ぎつつ、肉欲的なものと向かい合わない優と都来。
頑なに"恋人"と称さないのはそんな理由か。
成長は男女を変えてしまう。
こうした関係も良いもので、周囲は温かに見守るだけ。


友愛で手を繋ぐ鈴華も近くに居られるが、永遠に変わらない距離。
此れは切なさも混じった幸福。
それ以上に触れたい訳じゃなくても。

「そう云う事言うんだな……、鈴華さんも。」
「私だって嫉妬くらいするわよ?」

飽くまでさらりと乾いた口調。
確執を残さず、会話は北風に溶けて行った。
都来の家には持ち込まないように。




「……ッくしゅ!」
「何だ、お前ェまで風邪ひくなよ?」

翌日の学校、くしゃみをした鈴華に黒巣が呆れ混じりの低音。
ハンカチを当てて顔を隠した。
此れでも一端の女性、大きく洟をかむ姿は見せたくない。

しっかり休養を取った都来はやっと全快。
見舞いに行った時も熱は下がったようで、元気に登校してきた。
今日からまた賑やかになりそうだ。
若しかしたら、風邪の欠片は貰ってしまったかもしれないが。

優のくしゃみを思い出す。
都来がダウンした時から一緒なのだ、彼も伝染した可能性はある。
そしてまた自分にも。


洟が治まった鈴華は顔を上げると、口を開いた。
確かめてみたい事があって。

「ねぇクロ、椿と山茶花の違いってご存知?」
「花が落ちた時に崩れねェのが椿、だろ。」

ああ、やはり。

引っ掛かりは確信に変わって、思わず笑った。
そんな彼女を見て黒巣は怪訝に。

「俺がお前に昔教えたンじゃねェか、忘れたか?」
「そうだったのよね……」

成長で距離を変えるかもしれない男女は、此処にも一組。



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2015.02.20